気になってはいた。

けれど誰も、口には出さなかった。

本人は意識していなかっただろう。

だから、言えなかったのだ。

 

 

 

無自覚なキスマーク

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、なんでスタースクリームはデストロンのマークを付けたままなの?」

スナック菓子の袋を探りながら、ジムが訊ねた。

恐らく本人に他意はないのだろう。文字通り、何気なく問うただけなのだ。

「・・・何?」

いつも通り一人離れた場所に佇んでいたスタースクリームはというと、急に自分の名が話題に上った事に聊か驚いた様だった。

「あ、俺も思った!もうサイバトロンなんだからさぁ、デストロンのマークつけたまんまなんて、おかしいよな」

「だよなぁ、俺もそう思うぜ!」

ビリーとカルロスが賛同し、話題の赤い機体の前に駆け寄る。

「なぁスタースクリーム、剥がしちゃえよ!」

「そうそう、カルロスの言う通りだって!」

「サイバトロンの赤いマークの方がさ、しっくり来るって!」

口々に笑顔でインシグニアの廃棄を勧める子ども達に、その場に居合わせたトランスフォーマー達は皆フォローに窮した。

「あー、えと、ジム?」

場の空気にホットロッドが慌てて話題を逸らそうとするが、子ども達は到って真剣だ。

「何だよホットロッド、お前だってそう思うだろ?」

「え?いや、あの、オレは・・・えーと」

ちらりと視線をスタースクリームへと向ける。

この空間で唯一、デストロンのインシグニアをつけたままのトランスフォーマー。

その顔はいつもに増して、冷たい無表情に見えた。

 

「――――勘違いするな」

 

漸く口を開いたスタースクリームに、皆の視線が集まる。

壁に凭れていた赤い機体は、自然道を空けた子供達の前を通り過ぎていく。

出口まで進んだところで、彼は一度だけ室内の面々を見渡し、告げた。

 

「私がここにいるのは、メガトロンを倒す為だ。サイバトロンになったつもりなどない」

 

整っている為か、スタースクリームの顔は冷徹さを装うと殊更近寄りがたいものに変わる。

有無を言わせぬ台詞を残し、スタースクリームは部屋から立ち去ってしまった。

残された皆は溜息をつくか肩を竦めており、ホットロッドもまた頬を掻いて彼の去った出口を見つめている。

「全く、あいつはよー・・・」

恐らくこの部屋にいたトランスフォーマーの殆どが、同じ様な感情に捉われただろう。

子ども達はまだ判り兼ねているらしく、不平不満を口にしていたが―――そんな成り行きを見守っていたジェットファイアーも、こっそりと溜息をついていた。

 

 

 

 

 

 

    * *

 

 

 

 

昼間の喧騒が嘘の様に静かな基地で、一つだけ照明のついたままの部屋があった。

他の連中はとうにスリープモードに入っているだろう静寂の中、二体のトランスフォーマーがそこにいた。

本来はスタースクリームに宛がわれた部屋だが、ジェットファイアーは主の様に堂々と寝台で寛いでいる。

その存在を無視する事にも慣れたのか、スタースクリームは振り返ろうともしない。

マイクロン達がきちんと眠れる様にと見守る姿は、入り浸っているジェットファイアーにもとうに見慣れた光景だった。

だが今日はその横顔を見るよりも、目の前の翼にアイセンサーが向いてしまう。

昼間話題に上った、スタースクリームの機体に残されたままのインシグニア。

 

 

デストロンの所属だと示すそのインシグニアは、彼の半生と共にあったのだろう。

意識した事など、果たしてあっただろうか。

今のスタースクリームは、デストロンを抜けた身だ。メガトロンに牙を剥き、虎視眈々と復讐の機会を狙っている。

ならば剥がすという選択肢もあっただろう。しかし彼はそうしなかった。

急に指摘されて、彼は戸惑っていた。

冷淡を装う時の彼は、言葉を探しあぐねて取り繕うポーズだと、ジェットファイアーは知っている。

『破壊大帝の所有物だという証』。

インシグニアを纏ったままである事、そして子ども達の指摘を肯定とし捨て去れない自分に戸惑ったのだ。

あの後こうして部屋を訪れても、スタースクリームはジェットファイアーと目を合わせようとはしない。

 

 

スタースクリームを見ていると、不器用だなと思う。

怒りの沸点が低い事はすぐ知ったものの、それ以外のメンタルは酷く不器用だ。

子ども達の無垢な優しさに戸惑い、コンボイの信頼に戸惑う。

その癖敵意には敏感で、皮肉を言うばかりだ。

誤解を招く様な物言いばかりするし、メガトロンの存在を察知するとそちらに全ての意識を向けてしまう。

インシグニアを捨てられない事、思考の殆どがメガトロンに向けられてしまう事。

それが何を意味するか、自分の事なのにスタースクリームは判っていない。

恐らくは復讐の感情故だとでも、思っているのだろう。

それも答えの一つだろうが、ジェットファイアーにはもう少し別の感情が見える。

スタースクリームの性格からして、本当にメガトロンを憎んでいるなら、インシグニアを残したりはしないだろう。

破壊大帝の所有物だった痕跡など、そのままにはしない。

だがスタースクリームはインシグニアを捨てられない。メガトロンを、追い続ける。

その執着は、恋に等しいのではないかと思う。

自覚が無いという事は、酷く厄介だとジェットファイアーは思った。

 

 

目の前の紫色のインシグニアに触れれば、翼の感触にスタースクリームがこちらを振り返った。

「何だ」

「いんや何も」

翼から手を離しひらひらと振れば、スタースクリームは不審そうに目を細めた。

「ならばいい加減出て行け」

いつまでいるつもりだ、と鼻を鳴らす姿は、何と言うか本当に可愛くない。――――のだが。

「ちょっとは俺に構わないか?」

小首を傾げ可愛いフリをしてみるが、不審物を見る目が更に冷たくなっただけだった。

「くだらん事を言うな。それとも――――監視か」

「・・・・お前ほんっと可愛くねぇなぁ」

信頼が無いだとか、そんな風に思われるのは全く以てジェットファイアーの本意ではない。

こう見えても、副司令なのだ。仕事は山程あるし、忙しくないわけがない。

それを態々、時間を割いて構いに来ているのに、肝心の相手はジェットファイアーを監視としか思っていない。

 

 

もしスタースクリームが、自らこの紫色のインシグニアを剥がす日が来たら。

それはメガトロンに執着する事を止めて、サイバトロンとして――――ジェットファイアーの隣を、選んでくれた事にならないだろうか。

だがスタースクリームはきっと、そうしてくれないだろう。

自覚出来ないうちは、彼はインシグニアを剥がす事も出来ない。

それまでジェットファイアーがどれだけ本心を語り、体を重ね、彼をこちらに振り向かせようとしても。

スタースクリームの翼には、あの紫色は存在し続ける。

まるでキスマークの様だ。

たとえそこに姿が無くとも、しっかりと誰の所有物なのかを表している。

――――メガトロンは、気付いているのだろうか。

 

 

「・・・気に食わねぇなぁ、全く」

喩えたのは自分なのだが、どうにも気分が悪い。

嫉妬だと自覚はあるが、こればかりはどうしようもなかった。

拗ねて足をばたつかせていると、いい加減部屋の主から「うるさい」と苦情が来た。

 

 

**********************************END***

マイ伝初。ムツカシー!!!!

デ軍インシグニアをつけたままのスタスクが凄く浮いてて、それがまた萌えるのですが!!!()

メガ様から離れていても、結局メガ様のものなスタスク・・・・

メガ←スタ←副司令、みたいな・・・うん、副司令がんばれー。

 

2011.08.24