ジュウニガツ ノ ノンダクレ
事の起こりは、こうだ。
良く晴れた日の午後、ジェットファイヤーは久々にスタースクリームを呼び出した。
暫くの間向こうの都合がつかず、漸く漕ぎ着けたデートだった。
だが生憎丸一日オフという贅沢は出来なかったらしく、仕立ての良いスーツにかっちりと身を包んだスタースクリームの姿は、如何にも“仕事を抜けてきました”と言わんばかりだ。
彼のコートから微かにメガトロンの香水が匂う辺り、先程まで同行していたのだろう。
それに気付かないフリをしながら、ジェットファイヤーはコーヒーを飲む恋人に対し率直に切り出した。
『ところでクリスマスだけど』
『何?』
『惚けんなって。来週の、クリスマスだよ。俺の考えるプランとしちゃー雰囲気の良いレストランに行ってだな、』
流石にこの時期、メディアはこぞって恋人達の一日をどう過ごすべきか口喧しくアピールし続けている。
相手を持つジェットファイヤーにしてみれば、異星の習わしといえど、口実をつけていちゃつきたいのが本音だ。
仕事中も情報収集を続け漸く自分たちに相応しいプランを作り上げ、本日お伺いを立てた訳だが――――
『悪いが・・・その日は予定が入っている』
あまりにも予想外なスタースクリームの言葉に、あれこれ繰り広げていた妄想が吹き飛んだ。
『っな、何?!』
『まだ協定後の処理が残っている。地球の暦を採用したせいで、少なくとも・・・来月の半ばまで時間が取れん』
『来月半ばって・・・おま』
口をぱくぱくと動かすジェットファイヤーに、スタースクリームは怪訝な表情で見上げるだけだ。
自分が何を言ったのか判っていないらしい彼は、まだ熱いコーヒーのカップを両手で包み込む様にして温もりを味わっている。
普段ならばその姿にでれりと鼻の下を伸ばすジェットファイヤーだが、生憎そんな余裕も無かった。
元々この想い人は意地っ張りの照れ屋で少し抜けた面もあるが、これは酷い。
クリスマスもカウントダウンも初詣も、全て先約がある等と言い放ったのだ。
それも、ジェットファイヤーにしてみれば憎き男である上司の一存で、だ。
大体メガトロンはこっちの関係を知っている筈だ。自分を認めていない事は知っているが、だからといってこのやり方は余りにも酷い。
それはまるで、大事な箱入り娘から悪いオオカミを遠ざけんと予防柵を張る父親の様な――――全く以て、気に食わない。
『クリスマスぐらい、抜けたっていいだろ』
憮然と言ってみるものの、スタースクリームは譲歩する姿勢さえ見せない。
『馬鹿も休み休み言え』
――――馬鹿真面目な彼がそんな返し方をする事ぐらい、判っていた事だ。
だが悲しいかな、恋とは時にそんな恋人の性格を知っていて尚、盲目にさせる毒性も持ち合わせている。
不機嫌さを隠そうともしないジェットファイヤーに、スタースクリームが逡巡したその時。
『お前さ、俺とメガトロンどっちが大事なんだよ』
恋人に言ってはいけないセリフ1と言われるあのテンプレートを、ジェットファイヤーは口にしてしまったのだ。
それを聞いたスタースクリームの表情が、みるみる険しいものへと変わっていく。
『・・・帰らせてもらう』
先刻脱いだばかりのコートを抱え、スタースクリームがあっさりと席を立つ。
後に残されたのは、彼が温もりをとっていたコーヒーカップが一つ。伝票は持って行かれてしまった。
それきりスタースクリームは、ジェットファイヤーの通信に一切応じなくなった。
その態度にまた腹を立てたものの、日が経つにつれどんどん怒りは冷め、代わりに焦りが膨れ上がっていく。
挙動不審な副司令の様子にホットロッドやラッド達が声を掛けてくれたが、話を聞くや皆ジェットファイヤーの非を糾弾した。
サイバトロン軍には、地球の文化を詳しく教えてくれる子供達がいる。
彼らが自分達の文化を語ってくれるからこそ、トランスフォーマーである自分たちもまた地球の文化に興味を持ち、倣ってみようという気になるのだ。
だがスタースクリームの所属するデストロンには、そういった“外交官”はいない。
もしかしたら、メガトロンもまたクリスマスやカウントダウン等といった地球のイベントを知らないのかもしれない。だから関係なく仕事を詰め込んでいるとしたら。
冷静になってみれば確かに、差し迫った頃になって予定を聞く時点で、悪いのはジェットファイヤーだった。
しかし詫びを入れようにも、スタースクリームからの返事は何ひとつ返ってこない。
着信拒否でもされているのか、電話が通じる様子は全くない。
意地になってデストロン基地にも通信を入れてみたが、これまたアクセス拒否というあからさまな態度を取られた。
残された手段は直接基地に殴りこむという手だけだったが、生憎それが出来る程ジェットファイヤーも暇ではなかった。
サイバトロン軍副司令という役職は、決して暇ではないのだ。
日常の微々たるものならば後回しにして突っ走れただろうが、時期は師走。コンボイが黙々と働いている姿を尻目に抜け出す事は出来ない。
机に山と積まれた書類やホワイトボードをみっちりと埋め尽くす予定に、天空の騎士サマはがっくりと肩を落とした。
そんな風に日々を忙殺され、気付けば暦はクリスマスを過ぎてしまった。
当日は勿論子供たちやマイクロンの為に、皆で盛大に祝った。
後から聞いた話だが、どうやら子供達は仲直りの手段にとスタースクリームにも招待状を出してくれていたらしい。
確かにアレクサが頼めば、スタースクリームはほんの僅かでも時間を作ってくれたかもしれない。
しかし返ってきたのは丁重な辞退の返事と、子供達の為に用意されたプレゼントの山だった。
スタースクリームにとってアレクサは特別な存在だが、そんな彼女の頼みも聞けぬ程、本当に仕事が詰まっていたのだろう。
残念ね、と少し寂しそうに笑った彼女は、ジェットファイヤーよりもずっと大人だった。
時刻は12月26日、午前2時を回った頃。
他の者は皆寝静まっているだろう、しんと静まり返った基地の自室にて、ジェットファイヤーは一人ちびちびと一杯やっていた。
パートナーマイクロンであるソナーは他のマイクロン達と一緒に、中央司令室に用意したツリーの根元で眠っている。
プレゼントを楽しみにする相棒の姿は和むものがあったが、そこにもう一人の顔がいれば、ジェットファイヤーはもっとパーティーを楽しむ事が出来ただろう。
取り出した携帯端末を操作するが、通信記録は今日もゼロ。
溜息をついてそれを仕舞おうとした、その時だった。
手の中でけたたましく鳴り響く端末に驚き、ディスプレイに表示された相手の名前にまた驚く。
二週間近い間全く連絡の取れなかった相手―――スタースクリームの名が、そこに表示されていた。
「っスタースクリーム?!」
夢じゃないのか。
頬をつねる間も惜しみ急ぎ電話に出たジェットファイヤーだったが、その鼓膜を貫いたのは癇に障る笑い声だった。
『ヒャーッハハハハハハ!!ラリホー、サイバトロンのニワトリ野郎!』
「んなっ・・・サンドストーム!?」
何でお前が、と言い終わらないうちに、またも笑い声に阻まれる。
『オメーの大事な貧弱君なら、今泥酔してショックウェーブに絡み酒してるぜェ~?』
「泥酔ぃ?」
『ほらよ』
そう言って、恐らく通話口をそちらに向けたのだろう―――良く知る声が怒鳴っている。
“ショックウェーブ、貴様私の酒が飲めんと言うのか!!”
“ショック・・・ウェエブ・・・・”
聞こえてきた話し声に、ジェットファイヤーは思わず己の通信端末を二度見した。
確かスタースクリームは、然程酒に強くなかった筈だ。
本人もそれを自覚している為、ジェットファイヤーがどれだけ誘っても頑なに断っていた。
それがどうだろう、声だけでも随分な有様だ。普段の矜持高いスタースクリームならば決してあんな真似はしないだろう。
でなくば、通信端末をサンドストームに奪われたりもしない筈だ。
『荒れてるだろォ?ここ暫くずっとあんな感じだぜェ~?』
「そりゃまた・・・ずっと?」
『正確にはお前と会った日以降だなァ~』
喧嘩別れか?等とからかうサンドストームの声は途中で遠ざかり、代わりにアイアンハイドの声に変わった。
『お前に任せていたら本題にならんぞサンドストーム!!・・・とまぁ、聞いた通りの現状だ』
「俺のせいだって言いたいのかよ・・・」
いや、糾弾されるとしたら確かに自分にある。
その感情は溜息に乗って、通話口の向こうまで届いてしまったらしい。
アイアンハイドは一つ唸ると、声を潜めて告げた。
『電話をしたのは他でもない、引き取り依頼だ』
「―――はい?」
予想外の展開に、ジェットファイヤーが数度瞬きした。
『自分達はこの後別の店で飲み直す予定だが、奴を連れて行くのは面倒でな』
『お前が迎えに来なきゃこいつはまた置き去りだァ~!』
『口を慎まんかサンドストーム!!・・・とまぁ、そういう訳なのだが』
ごほん、と尤もらしく咳払いするアイアンハイドの意図に、ジェットファイヤーは漸く気付いた。
* * *
教えられた店は基地に程近く、しかしサイバトロン軍で利用するには聊か敷居の高そうな店だった。
近くにいるなら最初から呼び出してくれれば良かったのにと思うものの、当人の意識がある間は決してそんな事は出来なかっただろう。
スタースクリームの事だ、どうせ最初は店を決める時も距離に渋ったに違いない。
酔い潰れたスタースクリームを “回収”すれば、漸く解放されたショックウェーブが疲れ切った表情でサンドストームと共に次の店へと消えていった。
その背に続きながら、アイアンハイドが一度だけこちらを振り返った。
「―――貴様の言い分も判らんでも無いが、こいつも一応メガトロン様の航空参謀なのでな」
老兵の嘆息が、耳に痛い。
ジェットファイヤーがサイバトロン軍副司令という職にある様に、スタースクリームもまたデストロン軍の重職に就いているのだ。
突如として予定を空けろと言われても無理な話だ。
それにあの一件以来、メガトロンはスタースクリームを手放したがらない。
追いつめてしまったという悔恨があるからこそ、今は不器用ながら手元に置いておきたいのだろう。
態々“デストロンの”ではなく、“メガトロンの”と言った部分にアイアンハイドの釘を感じる。
「・・・ご迷惑おかけシマス」
「全くだ」
殊勝な謝罪にふん、と鼻を鳴らし、老兵は去って行った。
その背中を見送っていると、不意に肩を貸していた相手が緩く面を上げた。
「お、起きたか?」
「ジェット・・・・・イ、ヤー?」
なぜここにいる、と問う声が舌足らずだ。
据わった目のぎらつきさえなければ、ジェットファイヤーは確実に鼻の下を伸ばしていただろう。
「意地っ張りな恋人のお迎えに参上したんだよ」
「・・・・・・ふん、面倒な事を引き受けたものだな」
そう言いながらも、スタースクリームの額はすり、とジェットファイヤーの肩に押し付けられている。
発言は可愛くない事この上ないが、行動は可愛い事この上ない。
スタースクリームの口が悪い事など、今のジェットファイヤーには良く判っていた。
故にそのまま彼に肩を貸し基地へ戻る事にしたのだが――――
「くだらぬ事を抜かして、よくもまぁ顔を出せたものだな。クリスマスだと?そんな行事知らぬわ!!」
「うん、教えとくべきだったよなごめんな」
「それに貴様はいつもそうだ。自分ばかりが、という顔をして・・・貴様のそういう部分が嫌いだ」
「うん、すいませんでした」
「私とて会えるものならば会いたいに決まっているだろう!貴様は、私がそう思わないとでも、いいたいのか!!」
「・・・スタースクリーム、お前相当酔ってるだろ」
絡み酒になっているとは聞いてきたが、成る程これは凄い。
道中延々と喚き続けるスタースクリームに最初こそ戸惑ったものだが、その内容を良く聞けばこれはもう完全なる本音だ。
普段のスタースクリームならば決して言ってくれない、言ったとしても誤解を招く様な物言いになる筈だ。
ニヤける顔に、今ばかりはマスクのある鋼鉄の機体が恋しいとさえ思ってしまう。
――――やばい、今俺すげー嬉しいかも。
泥酔状態とはいえ、こんなにもストレートに恋人が本音を口にしてくれる機会など滅多にない。
自分で招いた結果とはいえ、暫く会えなかったのはジェットファイヤーも同じなのだ。
それに酔ってこそいるが、スタースクリームの赤く上気した頬も、潤んだ橙色の瞳も、喧嘩別れしたあの日の表情に比べればずっと良い。
「ジェットファイヤー!!貴様、聞いているのか!」
「聞いてる聞いてる。・・・出来ればもう少し声落として貰いたいんだけどな」
「声を、落とせだと?!貴様普段『殺すな』だの『もっと聞かせろ』だの言ってくる癖に、勝手な事ばかり・・・」
「・・・お前ほんっと、酔うとタチ悪いのな」
基地までの山道を登りながら、ジェットファイヤーは深く嘆息した。
絡み上戸の恋人の説教は、まだまだ終わりそうにない。
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