基地内は出てきた時と変わらず、しんと静まり返っている。
時間を考えれば至極最もだが、今日ばかりはこの清く正しい生活を送る仲間達にジェットファイヤーは感謝した。
矜持高い彼が酔っていたとはいえこの姿を見られでもし、その事実を知ったならばそれこそ当分の間こちらの基地には寄りつかなくなってしまう。
その危険を少しでも回避したいのが、今のジェットファイヤーの本音だ。
幸いな事に山道では煩く喚いていたスタースクリームも、今は酔いが回ったのか口数も少なく大人しい。
もつれる彼の足を励ましベッドまで誘導すると、いい加減限界だったのか細い体はあっさりと寝台に倒れ込んだ。
「ジャケット、脱いどけよ。明日になって皺が寄ったなんてクレーム受けるのは御免だからな」
その間に自分と相手の分のコートを適当な場所に引っかけておくが、突っ伏したスタースクリームが動く気配は無かった。
「・・・スタースクリームさーん?」
本格的に、寝落ちてしまったのだろうか。
顔を覗き込むと、スタースクリームの長い睫毛が震えた。
「一応起きてんのか」
「・・・さまが、・・・・れ」
ぼそりと呟かれた声は到底聞き取れず、ジェットファイヤーが更に顔を近づけた。
薄暗い室内でも、ここまで近付けば相手の顔ははっきりと見える。
キスするのに丁度いいな、などと悪戯心が鎌首を擡げるが、スタースクリームの唇から出た言葉はそんな悪戯など吹き飛んでしまう程の威力を持っていた。
「貴様がやれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
思わず聞き返すが、同時に襟首を掴まれ同じベッドに押し付けられた。
突然の事に驚くジェットファイヤーに対し、スタースクリームは今までに見た事が無い程ひどく妖艶な顔で笑っている。
「貴様が脱がせば良いだろう?普段やっている様に、な」
橙色の瞳は、ジェットファイヤーの間抜け面にご機嫌な様子だった。
随分と高いアルコール濃度を含む吐息を笑い声に混ぜ、戯れの様に首筋に口付けてくる。
「―――――ッ」
普段ならば、普段ならば決して、決してこんな事は起こり得ないのだ。
甘えて誘ってくるスタースクリームなど、ジェットファイヤーは一生拝めまいとすら思っていた。
それが今、目の前では何度目を擦っても信じ難い光景が繰り広げられている。
一つ大きく排気すると、ジェットファイヤーは心の中で手を合わせた。
成り行きに逆らわないのが自分のモットーである以上、据え膳など以ての外である。
きっとこれは日頃の俺の素晴らしい行いを、上位的存在の何かが認めてくれたに違いない。
プライマスとアルコールと、それから地球のクリスマスという風習とサンタクロースとその他何でもいい、この幸運を齎してくれた存在に目一杯の感謝を。
「いただきます。」
そう呟いて、己の襟を掴んだままの恋人の唇を奪った。
いつもなら照れ隠しに逃げる舌は、今はすんなりとジェットファイヤーに誘導され、互いを絡め合う。
その味も、乱れる息も確かに酒臭いが――――補って尚余りあるものがあった。
「じぇっと、ふぁい・・・・あ!」
キスをして、時折呼吸の為に息継ぎをして、また唇を重ねて。
襟を掴んでいた手を外させ、今度は指を食む様に口付けていく。
くすぐったさにスタースクリームがく、と喉を鳴らすが、嫌がられる事は無かった。
そのまま彼の有機体を覆う衣服を剥がしていった所で、ジェットファイヤーはふと面を上げた。
つい今し方までこちらの一挙一動を愉しげに監視していた橙色の瞳が、―――閉ざされている。
「はぁ・・・!?っな、ちょ、スタースクリーム?!」
ちょっと待ってくれよ、と肩を掴み揺さぶるが、あの妖艶な瞳が再び開く事は無かった。
完全に――――――――――寝落ちた。
よりにもよって、この場でだ。
「〜〜〜〜〜そりゃ、無いだろ・・・」
どうやら僥倖を齎してくれたはずの上位存在は、ここに来てジェットファイヤーを見離してしまったらしい。
準備万端のこちらはどうしてくれるのだ。そう恨み言を言おうにも当の相手はこちらを煽るだけ煽って既に夢の中だ。
「・・・ったく、覚えてろよな」
無理やり起こすという手もあったが、ジェットファイヤーはその手段を取ろうとは思わなかった。
寝込みを襲うのは天空の”騎士”の名に恥じる振る舞いであるし、何よりもやはり今回の喧嘩の原因は自分だという自覚があったからだ。
酔い潰れる程拗ねられて、それでも求められている事をきちんと知った今は、落ち着いた気持ちでいられた。
足元でぐしゃぐしゃになっていたシーツをスタースクリームの肩まで引き上げ、一度だけその頭を撫でる。
愛しい愛しい相手は心地良さそうに息を吐き、薄く開いた唇が小さくジェットファイヤーの名を呼んだ。
全く、今日のスタースクリームはとことん反則だ。
「素面でやったらタイホしちまうからな」
そう言って意地悪く笑むと、ジェットファイヤーはその場から離れた。
* * *
翌朝、スタースクリームは目覚めると同時に混乱した。
見覚えのある天井ではあるが、訪れた記憶は一切無い。
どういう事だと跳ね起きるが、直後激しい頭痛が襲い再びベッドに沈む羽目になった。
「っな、・・・…!?」
ずきずきと痛む頭を抱え必死に昨晩の出来事を思い出すが、途中から記憶が抜けている事に益々焦燥感が募る。
――――確か昨日は遅くまで会食に付き合わされた後、サンドストーム達と飲みに行って、それから、
それから、どうなったか覚えていない。
喧嘩別れしていた相手の部屋にいるとは、一体何がどうしてこうなったのか。
よくよく自分の格好を見れば、裸でこそ無いものボタンは全て外れている。馬鹿な、いやまさか。
だくだくと嫌な汗をかくスタースクリームであったが、不意に部屋の扉が開いた事で大きく飛び上がってしまった。
「お、起きたかー」
白いドアを開けて入ってきたのは、妙に爽やかな笑顔のジェットファイヤーだった。
「っ貴様、一体――――ッ!?!?」
状況を説明させるべく掴みかかろうとしたものの、また先程の頭痛が訪れベッドから起き上がる事も出来ない。
「〜〜〜〜っ」
「あー、完璧に二日酔いだなソレ」
ほれ、と差し出されたペットボトルに暫し逡巡するものの、素直に受け取る事にしたスタースクリームだった。
冷たい水が喉を潤していく感覚が、心地良い。
体の欲するままにとうとう飲み干してしまった頃、にやにやと笑んだままこちらを見つめているジェットファイヤーと目が合った。
「・・・・何だ気味の悪い」
「何とでも言えって。今俺は幸せを噛み締めてんだからよ」
かまぼこの様な目をしながら、ジェットファイヤーがベッドへと腰掛けた。
思わず顔を背けるスタースクリームだったが、やはりジェットファイヤーは普段の様に態度について物申してはこなかった。
――――――――逆に、不安が募るというのは可笑しな感覚だろうか。
昨晩の自分は一体何をやらかしたのだと焦り、いい加減ジェットファイヤーの無遠慮な視線にも耐えかね、ついにスタースクリームは己の所業について恐る恐る問うた。
「その・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日は、・・・・」
「もしかして、昨日何があったか覚えてないコースか?」
まぁそんな事だろうなと思ったぜ、と聊か寂しそうにジェットファイヤーが笑う。
そんな彼の態度がまた、スタースクリームを不安にさせた。
何故なら今まで自分はこの男のこんな表情を見た事が無いからだ。
つまり自分はこの男にそんな表情をさせるだけの、何かをしたのだ。
記憶が欠落している事を認めるのは恥だったが、何を仕出かしたかは知らねばならない。
躊躇いがちに頷くスタースクリームに、ジェットファイヤーは彼の顔を覗き込む様にして答えた。
「昨日のお前はデストロンの連中から俺に回収命令が来る程酔い潰れて、言いたい事言うだけ言って、俺の都合なんか知らないま寝ちまったワケ」
「・・・・・・・まさか」
「でなきゃ今この状況片付かないだろー?」
ふふん、と鼻を鳴らす男に、スタースクリームは必死に記憶の糸を手繰る。
これがあの懐かしい鋼鉄の体だったならば、メモリー検索にも然程手間はかからなかっただろう。
生憎有機体はそうもいかず、言われた所で何ひとつ思い出せはしない。
己の醜態を想像し真っ赤になるスタースクリームだが、実際は彼の想像以上の事に――――ジェットファイヤーにとっては素晴らしい方向に―――なっているのだ。
間違った事は伝えていない。ただもう少し正確に言うとしたら、『昨日のお前はショックウェーブに絡み酒する程酔っ払って、俺を散々煽って誘って寝ちまった』こんな所だろう。
それをそっくりそのまま伝えても良いが、自分の非を考えたら、ここは一人胸の内に仕舞っておく方が良いだろう。
真剣に考え込むスタースクリームの頬に手を伸ばせば、びくりと肩が跳ねた。
「っ何だ!」
「ごめんな」
言うべき言葉は決めておいたお陰で、すんなりと謝罪出来た。
昨夜の醜態を見られている事もあってか、スタースクリームは珍しく顔を背けなかった。
お陰で彼の橙色の瞳も、昨日と違い白い頬も良く見える。
「・・・お前のそういう所が気に食わん」
「そっか」
「事ある毎にメガトロン様と比べる事もだ。不愉快極まりない」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまん」
心底言い辛そうではあったが、スタースクリームの小さな謝罪は確かにジェットファイヤーの耳に届いた。
ジェットファイヤーの嫉妬など今更だというのに、メガトロンの名を出された事で大人げない態度を取った事。
それに泥酔して迎えに来させ、部屋を占領し―――そして本人は覚えていないが、煽るだけ煽って眠ってしまった事。
その全てを、矜持高い彼が折れたのだ。
笑みを深めると、ジェットファイヤーは恋人の頭を肩に抱き寄せて囁いた。
「年明けはさ、空き次第でいいから・・・一緒に初詣行こうぜ」
「何だそれは」
む、とした表情に慌てて行事を説明する。
またクリスマスの二の舞は御免だった。
「一年の初めをカミサマにお祈りしに行くんだってよ。アレクサ達も連れて行ってさ、な?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「俺、来年もお前と過ごせますようにってお願いしようかと思ってるんだけどな」
「・・・・」
な?と再度お伺いを立てれば、腕の中の恋人が唇を噛みそっぽを向いた。
照れてる時のスタースクリームがよくやる態度だ。
余裕ぶって言葉を待っていると、視線に耐え切れなくなったスタースクリームが耳を真っ赤にしながら呟いた。
「・・・・・・・・・・メガトロン様の予定が最優先だ。だがそれ以外では、・・・・・・・出来る限り、空けておく」
言い終わるや顔を背けたスタースクリームに、いよいよジェットファイヤーの理性に罅が入った。
抱き寄せたままぐいと力任せに引っ張り、自分の方へと引き倒す。
驚くスタースクリームの表情を独占する様に唇を重ねれば、更に大きく瞳が見開かれる―――が、それもすぐ唇の味に蕩けていった。
スタースクリームは嫌がるかと思ったが、意外な事に乗ってきた。
もう流石に酔ってはいない筈だが、それはつまり―――
「っは、きさ、ま・・・・・・!」
酸素を欲して離れた唇が、抗議してくる。
スタースクリームのそれは薄いが、今は紅を差した様に赤い。
それがまた、ジェットファイヤーを興奮させた。
「流石に二回目は止まんねえよ・・・」
「何、・・・・・っ、」
皺苦茶になったワイシャツを引き剥がす様に掴むと、その行動の先を予測したスタースクリームが頬を赤らめた。
「いい、よな」
「・・・・ッ聞くな!」
―――――――――限界である。
今度こそ齎された僥倖にジェットファイヤーが感謝し、“贈り物”を味わおうとした。
その瞬間鳴り響いたのは、無遠慮な通信端末のコール音だった。
互いに一瞬硬直し、次いで恐る恐る発信源を辿ればそれは壁に掛けておいたスタースクリームのコートのポケットから響いていた。
慌ててジェットファイヤーを押し退け、端末を探り当てたスタースクリームがコールに応じる。
『・・・・・スタースクリームか』
ステレオモードで響く声の持ち主は、聞き間違え様が無い絶対君主のものだ。
破壊大帝、メガトロン。
「っメガトロン、様」
反射的に姿勢を正すスタースクリームに、ベッドサイドに転げ落とされたジェットファイヤーは深く嘆息した。
あのオヤジ、監視でもしてるんじゃないのか。
狙ったとしか思えないタイミングに再び上位的存在を呪いたくなるが、そうした所でさしたる効果は得られないだろう。
『今どこに―――いやそんな事はどうでも良いわ。直ちに戻ってこい』
「畏まりました・・・」
通信はそこで終わってしまったらしい。
聊か青ざめた顔で支度を始めるスタースクリームに、ジェットファイヤーはわざと拗ねた口調で訊ねた。
「そんで帰っちゃうワケだなお前は」
「・・・・埋め合わせは、する」
流石に気まずいらしく、スタースクリームは弱気だった。
ワイシャツのボタンを丁寧に上から閉め、ネクタイ、ベスト、ジャケットと重ねていく。
普段のかっちりとした姿に比べれば多少草臥れては見えるが、体裁は取り繕えるだろう。
最後にコートを掴もうとしたスタースクリームに、ジェットファイヤーは先回りしてそれを奪った。
「っオイ、」
「やくそく。次会った時は『今日の分も』覚えておけよな」
にまー、と人の悪い笑みを浮かべながらコートを差し出すジェットファイヤー。
「~~~~~~~~ッ」
引っ手繰る様にコートを奪うと、スタースクリームは足早に部屋を出ていった。
その際顔が真っ赤になっていた事を、ジェットファイヤーにはちゃんと見えていた。
クリスマスは終わってしまい、カウントダウンパーティーも予定は不明瞭。
それでも、来年待っているものを考えるだけでジェットファイヤーはご機嫌な気分になるのだった。
二度もお預けを喰らったが、三度目は恐らく無いだろう。
今し方まで恋人が眠っていたベッドに倒れ込んでみれば、昨夜の出来事を裏付ける酒の匂いがほわん、と香った。
*********************************************終********
副司令を焦らせるのは二度までだそうです。
クリスマス間に合わなかったぜーハッハッハすいません(土下座)
2012.01.04