XXX!
「ジェットファイヤー、この計画だが」
言い掛けて、そこでスタースクリームは部屋の主が執務机につっ伏して寝ている事に気付いた。
“元”サイバトロン軍副司令にして外交担当殿は、居眠りをしているらしい。
「っおい、」
少し苛立って肩を揺さぶってみるが、ジェットファイヤーが起きる様子は無い。
すぴすぴと幸せそうな寝息さえ立てて眠る横顔に、スタースクリームは深く溜息をついた。
サイバトロンとデストロンが和解し、故郷たる星の復興と地球政府への外交が始まって、まだ一年程だ。
先の大戦で重傷を負ったスタースクリームが復帰早々現場に回されるのだから、人手に反比例して仕事の量が多いのは判っている。
どちらの仕事量が多いかなど比べるつもりは無いが、それでもスタースクリームにとってジェットファイヤーの現状は許し難いものだ。
「おい、起きろ」
今一度強めに肩を揺すってみるが、やはり起きる様子は無い。
ただ枕代わりに組んだ腕から、もう少し顔が覗いただけだった。
そういえば、寝顔を見る事も久しい。
宿舎は離れているし、お互い多忙の為仕事で顔を合わせる事はあっても、プライベートの時間など無かった。
最もそれはメガトロンにこちらの仕事を一任されたスタースクリームが、休憩の暇さえ惜しんで働いているせいだが――――本人はそれを悪いと思っていない。
こうしてジェットファイヤーの寝顔を見る事で、スタースクリームは漸く“暫くそんな顔を見ていなかった”事を思い出したのだ。
最早寝るだけになっているがらんとした部屋に、多少なりとも彩りがあったのは間違いなくこの赤毛の男が来ていた時だ。
馴れ馴れしく抱きついてきては、有無を言わさず唇を重ねてきたものだ。
その感触を、久しく忘れていた。
ぼんやりと、そう思った―――――――その筈だった。
しかし思考より先に体は動いていて、気付いたのは既に“行った”後だった。
「・・・あ?」
唇を離し上体を起こして、漸く我に帰った。
今のは、何だ。何をした。
自分は今、何をした。
思わず手で覆った自分の唇には、確かに、感触が残っている。
「――――――――っ!」
悟るや否や、スタースクリームは耳まで真っ赤になった。
抱えていたアナログな書類の束がばさばさと落ちるが、そんな事に構う余裕は無かった。
今しなければならない事は、逃げる事だ。
撤退こそあれ敵前逃亡などした事の無いスタースクリームだったが、彼は今日初めて逃げるという手段を選んだ。
突っ伏した赤毛が起きていない事を確認すると、彼はそのまま飛ぶ様に走り去った。
駆けた事などない廊下を全速力で走るその姿は、幸か不幸か目撃される事は無かった。
そうして足音が遠ざかり聞こえなくなった頃、うたた寝をしていた男はむくりと起き上がった。
「ばればれだっつの・・・」
ぎりぎりで保っていたポーカーフェイスはあっさりと崩れ、あまり人には見せられない類のぐんにゃりとしたにやけ顔に変わってしまう。
実を言うと、ジェットファイヤーはスタースクリームが部屋に入って来た時点で既に起きていた。
ただまどろんでいたのは事実で、あれ以上スタースクリームが引き下がる様なら『キスで起こしてくれ』等とふざけるつもりだった。
ジェットファイヤーの予想では、スタースクリームは憤慨して掴みかかって来る。その近付いた体を抱きしめてこちらからキスしてやろうと目論んでいたのだ。
しかし常ならばほぼ的中するスタースクリームの行動は、今日に限って大きく外れた。
何やらじっとこちらを見つめていた橙色の瞳は、様子を窺っていたジェットファイヤーにそっと屈み込んだ。
そしてあの、余りにも拙い触れるだけのキスをしてきたのだ。
もしこの時ジェットファイヤーのスパークが視認できるものであったなら、きっと彗星の爆発が如く凄まじいものが見られただろう。
あまりにも予想外過ぎるスタースクリームの行動にフリーズしてしまった為、その間に逃げられた事も残念だった。
フリーズが治まった今、まだ隣に彼がいたらジェットファイヤーは間違いなくその場で押し倒していただろう。
あんなに可愛い事してくるなんて、全く予想外だ。
「あー畜生・・・午後絶対仕事定時で終わらせてやる」
相手の仕事など知るものか。副司令という特権を使ってでも、拉致する。
有無は言わせないつもりだ。キスしてきた事を理由に強請ってでも、連れて帰る。
今、あの可愛すぎる背中を追いかけないだけでも褒めて欲しいぐらいなのだ。
午後の会議で、あれがどんな顔をして出席するのか――――ジェットファイヤーは楽しみで仕方が無かった。
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キスしたくなった、という衝動を初めて知ったスタスク。