休日に、呼び出し補習。
非常に不本意だったが、それはこの際置いておこう。
スカイワープにとっては、前夜に受けたその電話よりも、直後に変更された休日プランが実行されなかった事の方が重要だ。
スカイワープと、とある日曜日の午後。
自分のおつむが兄妹に比べ、今ひとつ出来が悪いのは認めよう。
特にスタースクリームは素行不良協調性ゼロの面をつむれば、追試や補習とは全く無縁だ。
休日の呼び出しを喰らった次兄に、最初は彼を置いて外出する案まで提案してきた、酷い妹なのだ。
曰く、『お前の頭の悪さが俺様の計画を妨げるぐらいならお前を捨てるだけの話だ』という。
憎らしいことこの上なく、高校生にもなって取っ組み合いの大喧嘩に発展しかけた。
その仲裁をしたのが、三つ子の貧乏くじことサンダークラッカーだった。
事なかれ主義の長兄は適当に宥めた後に、双方が納得行くように妥協案を提示してくれた。
すなわち、補習が終わったら三人で買い物に行けばいいと。
元々朝一番に買わねばならないものがあったわけではない―――これに関しては、セールの時期が外れていた事に感謝しなければならないだろう。
仮に時期だった場合は男二人、時にはアストロトレインやトンガリ3人まで強制的に荷物持ちを命じただろうから。
ともあれ不満を残すスタースクリームには、サンダークラッカーが食後のプリンに苺をふんだんに盛る事で納得させた。
酷い我が儘ぶりだが、確かに昨夜の時点ではそれで収まったのだ。
しかし補習後は校門で待つ約束だった二人は現れず、連絡をとろうにも肝心の携帯電話を忘れた為にスカイワープは一度自宅まで戻らねばならなかった。
何だかんだ自分達は互いを自立出来てないと罵りながらも、三人揃ってないと不安なのだ。
故に休日でも大体固まっているし、誰かが欠けねばならない時はその相手を責める傾向がある。
スタースクリームが辛辣にスカイワープを詰ったのも、結局はそこにあるのだ。
ふて腐れつつも自宅の門を潜ったスカイワープは、そこで意外な顔を目にした。
「あ」
「よう」
おかえり、と軽く苦笑する同じ顔―――サンダークラッカーに、不安が少しだけ払拭される。
今から出る所だったのか、いやそれにしてはスタースクリームの姿が無い。
軒下から水色の原付を回す長兄に、スカイワープの小さな脳みそが状況を推測し―――すぐにギブアップした。
「何してんでぇ」
「あ、玄関鍵かけちまったから」
会話があまりスマートではないのは、三つ子のブレイン担当が不在なせいだ。
要領を得ない質問に対し、要領を得ない回答をしてしまうのが男二人だけの時の特徴と言える。
「スタースクリームは?」
「今動けないから。一応防犯」
「動けない?」
「ん。あとすっげぇ機嫌悪いから、余計な口利くなよ」
「おう」
何故動けないのか、機嫌が悪いのか、そんな片割れを残してサンダークラッカーは何処に行くのか、そもそも待ち合わせの約束はどうなったのか。
聞くべき事が色々あるにも係わらず、スカイワープのおつむはそこまで回っていなかった。
お利口にヘルメットを被り出発した長兄の背中を見送りながら、スカイワープはただ言われた通り施錠された玄関の鍵を開けて入った。
朝に出た時と比べて、適当に食べ散らかしていった食卓は片付けられ、脱ぎ散らかした部屋着も転がっていない。
恐らく二階のバルコニーには洗濯物がたなびいていることだろう。
だが普段リビングのソファーを陣取るスタースクリームの姿が無いことの方が、スカイワープには重要な事だった。
彼女が不機嫌になって部屋に篭る事はよくあったが、それとは少し様子が違う妨様だ。
薄っぺらい鞄をソファーに放り、とんとんと階段を上がれば、直ぐに二つのドアが見えて来る。
『勝手に入ったらコロス』と可愛く血生臭く書かれた方の注意書きを無視して室内に入れば、一般家庭には珍しいダブルサイズのベッドと大きな本棚が目に入る。
小難しそうな分厚い本は、スカイワープには恐らく一生かかっても読めないだろう。
さて部屋の主はと視線を巡らせれば、ベッド上のこんもりとした山と、目が合った。
スタースクリームである。
どうやら機嫌が悪いという情報は確かな様で、侵入者に対して酷く恨めしそうな顔をしていた。
「何してんでぇ」
「…しね」
ほんの一瞬、凄まじい殺意を見せたものの、気だるげに息を吐いて、再び布団の中に潜ってしまう。
ベッドに腰掛けたスカイワープが試しに裾のあたりをめくってみたが、やはり先程と同じく睨まれるだけだった。
「待ち合わせる約束すっぽかしやがって、寝坊か?」
「…」
「サンダークラッカーどこ行ったか知ってるか?」
「…」
「あと」
「うるせぇしね馬鹿!!」
ぼすん、と音を立てて枕が顔面にぶつけられた。
持ち主の愛用するシャンプーの香りが微かに香ったが、今はそれどころではない。
「何しやがんでぇ!!」
「具合悪いんだよ見てわからねぇのかポンコツが!!」
次に飛んで来るものに身構えるスカイワープであったが、彼の予想を裏切り赤いデジタル式の時計はシーツの海に落ちただけだった。
理不尽な妹様が、投擲物を取り落としうずくまってしまったからだ。
見るからに辛そうな様子に、頭に血が上っていたスカイワープも応戦体勢から慌てて顔を覗き込む。
「…どっか悪いのか?」
「……………気付けよ馬鹿…」
せいり。
言われて漸く、スカイワープは納得した。
男の自分には一生判らない類のものだ。
普段は性別など関係なく過ごしている三つ子であるが、スタースクリームは『女のコ』なのだ。
―――暫くこんな様子を見ていないので、その事実を忘れかけていたが。
機嫌の悪さと体調不良の理由を理解したスカイワープに、ベッドの上のだんご虫は溜息をついて他の謎解きもしてくれた。
「痛み止め切らして今起き上がるのもやっとなんだよ…連絡しようにもどっかの馬鹿はケータイ忘れてるし」
「お、おぅ」
「サンダークラッカーには薬買いに行ってもらったとこ…理解したかぼんくら…ッ」
「ん」
喋るのも辛いのか、それきりスタースクリームはまたもぞもぞと布団の中に隠れてしまった。
もう裾をめくっても、睨みつける気力も残っていないだろう。
とりあえず昔サンダークラッカーに教わった様に、だんご虫の背中辺りを優しくさすってやる。
普段生意気で可愛い気がない分、こうして弱っている時は逆にこちらもうろたえてしまう。
不遜で我が儘な方が、スタースクリームらしいと思っているからだろうか。
とりあえず三つ子の片割れがこうしている以上、外出の予定は完全消滅だ。
どうするかな、とぼんやり考えていると、不意に布団の間から伸びた手がスカイワープの裾を掴んだ。
「ん?」
「…」
顔を出す事はないが、代わりに何かをねだる様に制服の裾を引っ張られた。
「…」
何だ、と聞けば多分また怒られるだろう。
故にスカイワープは、とりあえず本能のまま行動する事にした。
自分も布団の中に潜り込み、うずくまって息を殺している『凶暴な動物』を捕獲する。
細い体はあっさり腕の中に収まり、そして当たり前の様に抱き返してきた。
「・・・」
腰の辺りをゆるく撫でてやれぱ、きゅうと寄っていた眉間の皺が、ほんの少し和らいだ気がする。
枕よりずっと強いシャンプーの香りを嗅いでいるうちに、スカイワープにもとろとろとした睡魔がやってきた。
サンダークラッカーが帰宅したら、制服が皺になると怒られるだろうか。
それともこの状況を呆れられるだろうか。
面倒なので、あいつも入ってくればいいと思う。
昔々はこうやって、三人一緒に丸まって眠っていたのだから。
*************
スタスクに抱き癖をつけたのは兄二人とかそういう・・・・ね!(何)
サンクラは精神的にやや自立しつつあるので、体調不良時は一人でぼんやりしようとするけど、察知した弟妹が構ってくると思います。
そんな三つ子。
2011.10.01