破壊大帝がいつ目覚めるか判らない眠りについて、暫く経った頃。

ネメシスは俄かに慌ただしい空気に包まれていた。

代行指揮として立ち回るスタースクリームが、別基地で働いていた軍医を呼び寄せたからだ。

母星を出発してから少なくとも数千年の間、この艦に“他の幹部”が訪れた事は無い。

未だ見知らぬ幹部の存在に、ビーコン達は大いに好奇心を掻きたてていた。

ただでさえ閉塞感に満ちた艦内に、新顔の情報は新鮮だ。

そしてスタースクリームの通信を同室で聞いていたビーコンの言葉が、皆の聴覚センサーを一点に集中させた。

どうやらその軍医は、スタースクリームと旧知の仲なのだそうだ。

幹部といえば当たり前なのかもしれないが、その情報にはもっと重要な一文がくっついていた。

「情報参謀様とはまた違う接し方だったんだ。なんというか・・・・凄く、親しそうだった」

新顔の軍医とは、一体何者なのか。

 

 

 

ラブロマ始めました。5

 

 

 

 

すっかりお馴染みになったネメシス艦ラウンジ。

最近壁の塗装を変えたらしいが、そんな事を話題にする輩は誰一人としていなかった。

今日も話題はドラマの内容で持ちきりだ。

マンネリ化した話の流れを変えるべく帰ってきた、破壊大帝。その彼の、不慮の事故による意識不明という衝撃的展開。

予想外の出来事ばかりで、最近はアイセンサーも聴覚回路も、メンテナンスの間さえ惜しかった。

何せゲリラ放送である。再放送などは無く、電波障害などで逃した者は他の同僚に頼み込みデータをコピーして貰う事しか出来ない。

とはいえビーコンのプロセッサでは、データの保持量に限界がある。

そう簡単にフリーの記録媒体が支給される筈もなく、もし誰もデータを保持していなければそこでおしまいだ。

そうやって崩れ落ちる後輩の姿を幾度となく目にしてきた古参ビーコンの中では、分担してデータを保存しようという後輩泣かせの動きまで出てきた程だった。

ゲリラ放送に慣れた古参ならではだろうか。

そして今回、非番の者達が過去の放送を検証した結果、驚くべきことが判った。

 

「新しくやってくる医者というのは、どうやら過去にスタースクリーム様と付き合っていたらしい」

 

古い古いデータの中から漸く拾ったその噂に、ビーコン達の間には激震が走った。

「どういう事だ、か、過去にってお前それガセネタじゃ」

「鼻オイル拭けよ」

「別に驚く事じゃないだろ?スタースクリーム様だって元カレの一人ぐらい」

「やめろそんな目で見るな!」

「じゃあスタースクリーム様には魅力が無いってのか!」

蜂の巣をつついた様な騒ぎに、いつもは宥める側である筈の古参ビーコンとて言葉を失い黙り込んでいる。

落ち着き払っていた古参らにとっても、これは予想外の伏兵だった。

マンネリ化していたドラマに新しい風が欲しかった、それは本音だ。

しかし望むのは波乱万丈を経てのハッピーエンドであり、それは勿論長年自分達が見守り続けていた情報参謀の恋が成就する事を指している。

第三者の登場などと嘯いていた連中は罰が当たったのかと戦いているし、中には既にやけっぱちになって勤務中ながら酒を飲んでいる輩とて現れる始末だ。

勿論そういう者に軍規を乱したとしてお馴染みの鉄拳制裁が振舞われたのだが、自暴自棄になった者の気持ちは判らんでも無かった。

 

もし、もしスタースクリームがその医者に未練を残していたら。

もし、医者も満更じゃなかったとしたら。

あの寡黙で一途な情報参謀はどうなるというのか。

元々晴れやかな気分とは無縁だが、こんなに陰鬱なネメシス艦というのも久々だった。

 

 

 

 

      * *

 

 

一方、そんなビーコン達とはまた別の意味でスタースクリームは苛立っていた。

呼び寄せた旧知の者が、指定した時間になっても来ないのだ。

何やらビーコン達までそわそわしているし、刻一刻と過ぎる時間にいい加減ストレスもピークに達していた。

適当な理由付けをして、オペレーターの一機でも蹴飛ばして憂さ晴らしをしてやろうか。

そんな物騒な考えを実行に移そうか考えた頃、漸くオペレーターからスペースブリッジのシグナルを受信したと報告があった。

さして間を置かず、眼前には黒渦の装置が口を開ける。

オペレーター達が緊張し見守る中―――スタースクリームだけは腕組みをしたまま―――“それ”は、ひょっこりと姿を現した。

ビーコン達よりも聊か背の低い、しかし磨き上げられた赤を身に纏った機体は、スタースクリームの前で立ち止まると実に優雅な一礼をして見せる。

 

「御久し振りです、スタースクリーム」

「遅いぞノックアウト!!この俺サマが態々呼んでやったというのに一体どれだけ待たせるつもりだ!」

 

「おやおや、それは失礼を・・・私とした事が、貴方に会う為に念入りに身を整えてきたのですが・・・そうでした、貴方は寂しがりなのでしたね」

失念していました、とちっとも悪びれた様子もなく赤い医者が肩を竦めた。

「っだ、黙れ!俺サマはお前の上司だぞ!!?口を慎め!」

ヒステリックに怒鳴り散らすスタースクリームの姿はお馴染みだが、その表情は聊か上気している。

今までに見た事の無い表情に、場にいたビーコンたちは内心驚いていた。

あのスタースクリームが、こんな表情をするとは。

それにこの2が口で負ける所も、彼らにとってはスパークが宿って以来初めて目撃した光景だ。

まだ何か喚き続けてるスタースクリームに、赤い機体はくどくど続く罵詈雑言を受けて尚平然と―――聊か辟易した様子ではあったが―――やはり肩を竦めるだけでいなしたのだ。

そして今一歩スタースクリームに歩み寄ると、体格差などものともせず彼の手を取り、恭しく口付けた。

「っな、な、ばっ、」

予想外の行動に、スタースクリームも周囲のビーコンも、固まる。

お喋りなジェットロンを容易く黙らせてみせた医者は、あの艶やかな笑みを浮かべたまま囁く。

「畏まりました、“マイ・ロード”。・・・あの頃より随分と美しくなった貴方と再会出来て、嬉しく思いますよ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

今度こそ、スタースクリームが金切り声を上げた。

 

 

 

 

そんな遣り取りを経て、スタースクリームは新入りの“医者”を伴い地上へ降りて行き。

当事者である情報参謀だけは常と変わらず仕事をこなし。

三角関係勃発の一部始終はゲリラ放送によって全宇宙に配信され。

ネメシスクルーはじめ、各基地では珍しくビーコンたちの発狂と鼻オイルが飛び交う地獄と化したのであった。

この日のスタースクリームの作戦はさっぱり上手くいかなかったそうだが、そんな事は本人以外誰も気に留めていなかったのであった。

 

 

 

************************************続*********

勿論ノカウとスタスクが旧知、というのは捏造です。

だって凄く仲良さそうなんだもの・・・・・

今後はあんまり本編に添わず突き進みます(笑)。

 

2013.01.31