登場時に居合わせたビーコンたちの証言により、“医者”と航空参謀の親密さは一気に皆の知る所となった。

メディック・ノックアウトはスタースクリームの気性を良く知っている様だった。

彼のお喋りに付き合うだけの余裕を兼ね備え、廊下を曲がり件のプロデューサー・・・もとい破壊大帝の様子を見に行く後ろ姿。

それは今まで情報参謀の『場所』だった筈だ。

紺色の沈黙ではなく、艶やかな赤がその隣に立っているなんて。

相変わらず黙って仕事をしている情報参謀の後ろ姿がまた、哀愁を纏っていて侘しい。

しかしそんな彼を見守るビーコン達の下には、今も尚続々と“医者”の目撃情報が寄せられているのであった。

 

 

 

ラブロマ始めました。6

 

 

 

 

「次、区画6エリアを清掃に当たっていた奴からの情報です。廊下でスタースクリーム様が、医者に手を握られて戸惑っていたと」

「っ手・・・・握って、おられたのか・・・?」

急遽編成された、ビーコン有志による『赤い医者対策本部』。

同じ顔が並んではいるものの、その真剣な表情は他者の介入する隙が無い。

「正確には医者に手を握られて、視線を彷徨わせておられたそうです。慌てて振り払ったとも」

「・・・続けるんだ、ルーキー」

ざわつく新入りたちだが、じっと座ったままの先輩方の貫禄に僅かながら安心し冷静さを取り戻していく。

だがしかし、幾つもの死線を乗り越えた古参ビーコン達でさえ、此度の事件――――そう、事件だった。

 

「つ、続けます。新設の医療ルームですが、何故か隣にエステルームまで用意されていました」

「何故だ」

「判りませんが医者の指示です。スタースクリーム様から、医者が命じた物は用意しておけと通達が出ていましたので」

 

スタースクリームが、他者の便宜を図った。

それは今までに無い事だ。

どれだけ特別扱いをしているのか、その一言だけで窺い知れた。

いつしか対策本部には重苦しい排気ばかりが響き、報告の声も段々小さくなってしまった。

被害は、甚大だ。

 

「っほ、報告!!報告します!!」

沈んだ空気の中、一体のビーコンが転がる様にして会議室もとい、ラウンジへと飛び込んできた。

酷く慌てた様子の彼に、面々が向き直る。

「どうした、何事だ」

「いっ今、医療ルーム内の清掃に入ろうとしたら・・・ッいえ、今すぐこれを見てください!!」

一枚のデータディスクを差し出すと、そのまビーコンは気を失ってしまい、傍にいた同機に慌てて支えられている。

一体何を目撃したというのか―――渡されたディスクを暫し見つめていた古参は、ややあってからラウンジのメインモニターにそのディスクを再生させた。

聊か画質は粗いものの、その中心部ははっきりと見える。

そこに映っていたのは―――――――――

 

 

見慣れない内装からして、新造された医療ルームだろう。

機材を運び機能をチェックしている大柄な機体を後ろに、設えられたテーブルに着いているのは見慣れた銀色と、注目を集めている赤。

つまり今話題の的となっている二人が、同じテーブルに向かい合って座っているのだ。

そわそわと落ち着かない様子のスタースクリームに、恭しく手を取った赤医者は妖艶な笑みを浮かべながら、至極丁寧にその指先を磨いている。

『ああ、やっぱりここも傷になっている・・・困りましたね。貴方は昔から噛み癖が直らない』

『っ昔の話はすンなよ!・・・なぁ、もういいだろ離せよ』

『いけません。手入れを怠っていた罰ですよ』

細かな傷を鑢で削り落とし、続いて刷毛が粉を丁寧に払い、コート剤が塗布されていく。

リゾートのエステティシャンの様に、その手付きは洗練されひどく美しかった。

『くすぐったいんだ』

『塗装で誤魔化しても無駄です。っああ、こんな所にも!常に美しくある様にと諭したのに』

じとりと睨まれ、スタースクリームの眉が情けなく下がった。

『センセイよぉ、俺が頼みたいのはこんな事じゃなくて』

『重々承知していますよ。ですからこれは私の交換条件です。美しい私の上司が美しくないだなんて、御免です』

次はワックス掛けです、と続けられ、スタースクリームは益々へこたれた様だった。

見て判る程がっくりと肩を落とす様子に、医者はくすくすと笑いながら別作業をしていた助手に何やら道具を指示している。

『破壊大帝の“御見舞”なら、身を取り繕ってからでも充分でしょう?いえ、むしろそれが礼儀というものですよ』

逃げ出そうとする長い手指を眼前にまで持ち上げ、ふうっと息を吹きかける姿は絵になり過ぎていた。

悪戯はよせと喚く航空参謀の声さえ、医師には鳥の囀りにしか聞こえないのだろう。

 

 

映像は、そこで途絶えた。

「なんだ・・・・・・これは・・・・」

誰かの呟きに、皆魔法が解けたかの様に騒ぎ始める。

「何だよアレ、物凄くいい雰囲気じゃないか」

「あのスタースクリーム様があんなにも大人しく・・・」

「しかもなんかちょっと雰囲気エロいな、あれ」

「お、お前裏切る気か!!情報参謀様の健気さを忘れるなよ!!?」

「俺は絶対認めないぞ!」

「けど、焦らされるのもいい加減限りがあるだろ?」

好き勝手に騒ぐルーキーたちを諌める声は、無い。

何故なら古参ビーコンの中でも、激震が走っていたからだ。

雨の日も風の日も、夜勤中も清掃中も。

いつ始まるか判らない、いつエンドクレジットが流れるかも判らないドラマの視聴は自分達の半生とぴったり結びついている。

マンネリ化した展開をひたすらに耐えたのは、いつか情報参謀の腕の中で幸せそうに笑う航空参謀の姿が見られると、そう思っていたからだ。

しかしここに来て、鳶に油揚げを攫われるだなんて。

呻き顔を覆う者、じっと卓上を見つめ黙する者、中には路線変更―――医者と航空参謀という新しい方向へシフトしようとする者まで出ている。

それは内乱と呼んでもいいだろう。

「――――――――――落ち着くんだ。皆、まずは話しを聞け」

それまで押し黙っていた議長席の古参ビーコンが、溜息をつきながら制した。

その声に、皆が黙り落ち着きを取り戻していく。

「推しを変えるのは自由だ。俺達はビーコンだが、個性はある。並列化されていても思う事は違うんだ。だからそれは裏切りでも何でもない」

「・・・」

「確かにサウンドウェーブ様はあの通りの御方だが、スタースクリーム様のお気持ちはこの数千年不明のまま。だろう?」

つまり、スタースクリームは同僚から向けられた感情に全く気がついていない。

小賢しい事で有名な航空参謀だが、どうにも鈍い所があった。――――この場合、情報参謀のアプローチが弱過ぎたというのも一因だが。

「新顔の医者はスタースクリーム様と親しげだし、押しも強そうだ。けれどスタースクリーム様が、それに応えると決まった訳でもない」

今は、あの医者が一歩リードしただけなのだ。

そう諭す古参に、皆が両隣の同機たちと顔を見合わせた。

「展開を、見守ろう。俺達に出来る事は、欠かさず録画容量を確認し1アストロ秒とて見逃さずにいる事なんだ」

演説を終え、古参ビーコンが着席する。

静まり返っていたラウンジは、直後歓声に包まれた。

早まった考えを恥じる者、その肩を叩き慰める者、オールハイルスタースクリーム!と号令を上げる者。

もしこのお祭り騒ぎの様なラウンジの有様をスタースクリームが目にしたならば、驚きのあまり逃げてしまうだろう。

それ程までに熱狂的な空気に包まれていたのだ。

 

 

 

だが彼らは知らない。

壁一枚隔てたドアの向こうで、件の医者が寄り掛かっていた事を。

傍には、何故入って行こうとしないのか訝る助手の姿さえある。

その手に小ぶりのティーポットがある事から、大方お茶の時間にでもしようと思ったのだろう。

しかしそんな助手の混乱を余所に、赤い装甲の医者――――ノックアウトは、にんまりと笑みを浮かべていた。

「ふむ・・・・・・随分と面白い事になってるんですねぇ」

彼にとってティータイムを諦める価値は、充分にあった。

踵を返すノックアウトに、助手は何度もラウンジの入り口を振り返りつつ付いていくのであった。

 

 

 

 

***********************************続*********

 

2013.02.05