様子見を続けよう、という結論で前回の会議は幕を閉じた。

皆納得したものの――――やはりフラストレーションは溜まるわけで。

それはスタースクリームが医者と行動している度に、情報参謀が一人背中を向けて作業している度に。

静かに、誰かの溜息が聞こえてくる程だった。

 

 

ラブロマ始めました。7

 

 

「それにしても、やはりサウンドウェーブ様は何も行動なさらないのか」

いつもより活気に欠けるラウンジで、エネルゴンコーヒーを啜っていた中堅ビーコンが呟く。

破壊大帝が帰還した時は、第三者の登場が空気を変えるのでは、と思っていた者達が多数だった。

しかしテコ入れの為のプロデューサーは現在意識不明の重体、やってきたのは伏線を抱えたいかにもワケアリな医者。

エスコート慣れしたノックアウトの様子は、サウンドウェーブとはどこまでも対照的だ。

仕事ならまだしも、プライベート域に於いては何も行動を起こさなかった情報参謀と違い、あの医者は実にスマートにスタースクリームを誘導するのだ。

航空参謀が、実は押しに弱いなどと誰が知っていただろう。

スタースクリームは毎日の様に腰を抱かれ、医療ルームへと伴われていく。

その様子は、恐らく情報参謀も知っているだろう。

何せネメシス艦内の監視カメラは、情報参謀の目と等しい。

一体あの寡黙な機体は、毎日医師に伴われ医療ルームに向かうスタースクリームをどんな思いで見つめているのだろう。

切なさに悶えるビーコン達の中には、既に泣き出してしまった者とている。

まぁ、中には日毎ノックアウトとその助手によって磨き上げられ―――美しくなっていく航空参謀殿を見て和んでいる者もいる様だが。

「スタースクリーム様、あんなに美しかったんだな・・・」

「いや、以前からお美しかったじゃないか」

「それは判っている・・・けど、な・・・」

「ああ・・・」

そうなのだ。

ノックアウトの道楽でしかないと思われたエステルームもネイルサロンも、果てはミックスジュースサーバーも。

それらが配備され利用され出してから、スタースクリームは目に見えて美しくなっていた。

これは古参ビーコンにも衝撃を与え、医療の腕はともかく美容の腕は認めざるを得なかった。

『くすぐったいから』だとか、『じっとしているのが嫌だ』等と渋る航空参謀を、あの医者は簡単に口で丸めこむ。

医者はスタースクリームと再会した時に、“さぼっていた”と非難した。

それはつまり、彼の本来の美しさを知っていたという事なのだろう。成る程知っている者からすれば、無頓着な様子に苛立つのも致し方ない。

このまま予想外だった方向へゴールインしてしまい、情報参謀の片恋は一時の夢として消えるのだろうか。

前回の緊急会議で議長を務めたビーコンも、今ばかりは気が重かった。

その時である。

 

「よう、なんか食うものあるか?」

 

ひょっこりとラウンジに顔を出したのは、件の医師――――の助手だ。

名は確か、ブレークダウンと言ったか。

新参者と言えど、自分たち量産型ビーコンに比べれば遥かに位の高い機体の登場に、ビーコンらは一斉に敬礼の形を取った。

「食事でしたらお持ち致しますが」

「いや、軽く摘まめればいいんだ。ソレ美味そうだな」

一々仕草が艶めかしい医者に比べ、こちらの助手は常にストレートだ。

長年ネメシスに勤務し、スタースクリームのヒステリーを見慣れているビーコン達からしてみればとても接し易い存在だった。

お口に合うか判りませんが、と差し出されたプレートのミニ・エネルゴンを躊躇いなく口に運び、満面の笑みで以て「美味い!」と絶賛する。

そんな屈託のない助手殿の姿にほのぼのと癒される中、一人のビーコンが行動を起こした。

「ブレークダウン様、一つ宜しいでしょうか」

「ん?」

もっちもっちとエネルゴンを頬張る姿は、その巨体の割に有機系小動物染みていておかしい。

ブレークダウンの黄色いアイセンサーに真正面から見つめられながら、いちビーコンはなるたけ礼節を損ねない様、言葉を選びながら訊ねた。

「その、メディックノックアウト様は?ご一緒ではないのでしょうか?」

「一緒だったけど、腹が減ったから」

「そ、そうですか」

「あ、これ包めるか?ノックアウト達にも持って行ってやりたい」

ノックアウト『達』。

その発言に、ラウンジ中のビーコンが慄いた。

「い、医療ルームには何方かいらっしゃるのでしょうか」

「さっきスタースクリームが来た」

あっさりと述べられた言葉に、皆がどよめく。

あの医療ルームで、一体何が行われているというのか。

「まままままま、まさかせせせせせせせっ、せっ・・・!!!」

自分で妄想しておいて、刺激が強すぎたのだろう―――ルーキーが一名床に倒れた。

その介抱を指示してやりながら、中堅のビーコンがさり気なく会話に混じる。

「そんなに難しそうな雰囲気でしたか」

「いや、新しいアロマオイルが入ったとかでなんかキャッキャしてたけど・・・・」

また美容教室か。

そう安堵するビーコン達であったが、壁面のフルスクリーンが起動した瞬間彼らのスパークは一層戦慄いた。

勿論映像は、ここ暫く公式放送の無かった例のドラマである。

慌てて着席するビーコンたちにとっては最早お馴染みの番組タイトルだが、目新しい事に“これまでのあらすじ”が付随していた。

「何だ、今日はやけに手が込んでるな」

若手がひそひそと言葉を交わす中、中堅と古参は難しい顔をして腕組みをしている。

長い長いこのドラマに、時折総集編が用意される事を彼らは経験済みなのであった。

数百年程何も進展が無いときに、この手法は使われた。

しかし今回も総集編が行われるとしたら、情報参謀は自らの手でスタースクリームが他の機体と仲睦まじく過ごしている様子を編集した事になる。

その背中を想像するだけで、スパークが痛むのも無理からぬ話だ。

 

あらすじは破壊大帝の帰参と負傷、オートボットとの戦闘をごく簡素に説明し、医者の登場を大々的に語っている。

「あ、俺が映ってる」

緊張の面持ちのビーコンとは真逆に、助手はスクリーンの端に映った自分の後ろ姿にはしゃいでいた。

「これっていつも配信されてるのか?」

「ゲリラです。ブレークダウン様、少々お静かに・・・」

礼節を失わぬ様言葉を選びつつも、ビーコンたちの視線はスクリーンに釘付けだ。

その真剣な様子に、ブレークウンも口を挟むのを止めて大人しくお代わりを食べ始めるのであった。

 

五分近く、たっぷりと時間を取って纏められた“あらすじ”は見れば見る程切なさで胸がいっぱいになってくる。

身を掻きむしりたくなる様な切なさにラウンジ中のビーコンが悶える中、不意に画面が切り替わった。

ご丁寧に“これより生放送に切り替わります”と記された画面の右端、ゆっくりとスライドするカメラの中心に映り始めたのは―――――医者の手でオイルマッサージを受ける、濃灰の機体。

磨き抜かれた足にオイルが伝い落ちる様は、何というかお昼時にはけしからん類の色っぽさだ。

『ああ、随分と凝り固まっていた様ですね・・・どうです?スタースクリーム』

『やべーなコレ、きもちいい』

――――仰向けになって目を閉じている様子は、どちらかといえば日向の猫に近いのだが。

『もっと色っぽく仰って欲しいものですがねぇ』

ひどく残念そうに溜息をつく医者に、患者はけたけたと笑い特徴的なヒールをばたつかせた。

『ばぁかかお前。・・・おーそこそこ、極楽極楽』

『美しくない・・・まるでおっさんじゃないですか。私が聞きたいのはもっとこう、“・・・っン、だめぇ・・・”とか、“ノックアウト、そこきもちいぃ・・・もっとぉ”とかなんですけど』

『そーいうのは助手にでもねだれ』

『妬きました?』

『誰が!!』

ぽんぽんと飛び交う会話は、やはり彼らの親密な様子を窺わせる。

が、ノックアウトの指摘にスタースクリームはたちどころに不機嫌になった様だ。

先程まではリズミカルに羽ばたいていた副翼が、今はしんと静まり返っている。

その翼をつつきながら、ノックアウトは笑みを深めた。

『貴方は寂しがり屋だ・・・・昔も、今も。聡いのに、相手の感情をここぞという時に読めないのが悪い癖です』

 

聴覚センサーに、口付ける様に。

甘い囁きは、視聴しているビーコンの中にも動揺を齎す。

だいて!めちゃくちゃにして!!という響きがラウンジの何処かから聞こえた様だが、皆それにはツッコミを入れない。

ただただ、目の前のモニターの中に釘付けになるばかりだ。

 

『どーいう意味だ、センセイよぉ』

『言葉の通りですよ…例えば、随分昔から貴方に懸想している相手には気付いています?』

『はぁあああああ?アンタみたいな物好きが他にいるのか。へーほーふーんそいつぁ驚きだおったまげたね』

『ああ、虚を突かれた時に、捲し立てるのも癖でしたね』

『っの野郎、』

起き上がろうとしたスタースクリームであったが、塗布されていたオイルがそれを滑らせてしまう。

再びベッドに横たわる羽目になった航空参謀に、ノックアウトは白々しくマッサージを続けていた。

『ああ、急に起き上がると滑りますよ』

『遅いばか!あほたれ!!!・・・・・・・・お前のおべんちゃらには俺サマだって参るぜ』

『医者の観察力を疑ってはいけません。特に私の場合、恋愛という病には造詣深いですよ?』

『すんごい無駄な特技だなソレ。エネルゴン採掘ドリルが実は右回転だけじゃなく左回転も出来ますってぐらい無駄』

『――――――情報参謀、貴方に惚れてますよ』

 

 

あっさりと。

それはもうあっさりと、告げられてしまった。

スタースクリームも、ドラマに見入っていたビーコン達も。

一瞬固まってしまう程あっさりとこの恋物語の要がこじ開けられてしまったのだ。

 

 

「「「「「「「『えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?』」」」」」」」

何言ってんの何言っちゃってるんですかノックアウト様。

サウンドウェーブはいつ告げるのか、またはスタースクリームがいつ気付くのか。

やきもきし続けて何百年、その何百年は第三者によってあっさりと明かされてしまったのだ。

この衝撃を、衝撃と言わんとして何だというのか。

ビーコン達とスタースクリームの心情を余所に、艶やかな赤の医者はつらつらと語る。

『はぁああああああ?!?!ばっ、おおおま、何言っちゃってんの!?!?』

『その態度から考えるに、やはり気付いていませんでしたね』

『気付くもなにも・・・・・・・っどうせまた俺をからかったんだろう!!』

『顔、赤いですよ。循環系にエラーでも?』

『〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!』

腰に掛けられていたタオルをノックアウトに投げつけ、航空参謀が跳ね起きた。

『お前の戯言に聴覚センサー傾けちゃった俺サマが馬鹿だったよ!!ちったぁまともな事言えやこのヤブ医者!!!』

とろりと滴り落ちるオイルにすら構う事無く、ずかずかと大股で歩み去るその後ろ姿は誰がどう見ても動揺し切っていた。

ノックアウトが顔に被せられたタオルを緩慢に取り払った頃には、既に医療ルームのシャッターも閉ざされていた。

『おやおや・・・』

悠然と笑む医者の横顔を写した所で、画面の端に現れた“つづく”。

 

 

 

 

ブラックアウトしたモニターには、視聴者―――ビーコンらのフェイスが鈍く写るばかりだ。

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」

あの艶やかな医者が落とした爆弾はあまりにも大き過ぎる。大き過ぎて、皆飲み込めずにいる。

総集編とタカを括っていた古参でさえ、あまりの威力に呆然としていた。

まさに、青天の霹靂。

固まったビーコンたちをきょろきょろと見回し、ブレークダウンはちらりと配膳トレイの上のデザートを見遣った。

残り一つのプリンを食べてしまってもよいだろうか。

腹を決めてプリンに手を伸ばそうとした、その時。小さなエネルゴンプリンは全く別方向から現れた手に攫われてしまう。

あっと声を挙げ不埒な手を追った先にいたのは――――今し方スクリーンに映っていた相棒である。

「ノックアウト、何時の間に来たんだ?」

「つい今さっきですよ。いやぁ素敵な光景ですね」

恨めしげにラストプリンを見守る助手とは対照的に、ノックアウトは至極機嫌が良かった。

「普段は甘いもの食べ過ぎるなって言う癖に」

「これは祝杯代わりですよ」

中々美味しいですよ?このプリン。

悪戯が成功した子供特有の、実に晴れ晴れとした笑顔の医者。

その周りを、我に返ったビーコンたちが一斉に固めた。

何事かと驚くブレークダウンを余所に、ビーコンたちはテラーコンさながらの様子で医者に迫った。

「―――どういう事ですかノックアウト様」

「どうとは?」

一斉に囲まれているというのに、赤い医者は全く動じる事なくプリンを食べている。

横の助手に一口分け与える程の余裕さえ見せつけながら。

「とぼけないでください、先程の放送です!!」

「ああ・・・私カメラ写り悪いんですよねぇ。お恥ずかしい」

「そんな事ではありません!!!っ何故、何故情報参謀様の・・・!!!」

数千年を掛けて見守り続けた、情報参謀の小さな小さな片思い。

それを本人が告げるならまだしも、ポッと出の第三者が伝えてしまうとは何事か。

こんなに鬼気迫るビーコン達の姿を見た事は、スタースクリームとて無いだろう。

事と次第によってはただでは帰すまい、と鼻息荒く唸るビーコン達を前に、プリンを完食したノックアウトはというと――――――一笑に伏せただけだった。

「では逆にお訊ねしましょう。貴方方が望んでいたのは退屈な安寧ですか?それとも数千年引っ張った恋へケリをつける事ですか?」

「っ、」

「僭越ながら、貴方方の半生と共にあったドラマを拝見させて頂きました。実にくだらない」

「く、くだらない?!」

「綺麗な片恋で終わりたいならそれも良いでしょう。ですが足りないのは、進展させようっていう意識ですよ。どうなりたいんですか貴方方の情報参謀は」

どうなりたいのか。

そんなの、決まっているだろうに。

言い返そうとしたビーコン達に、メディックノックアウトはすぃと指を突きつけた。

「いつまでもウブなネンネ気取りはおやめなさい、生温いったらありゃしません。花火は打ち上げなきゃ絵柄が見えないんですよ」

 

さもなくば、スタースクリームはもう一度私が預かります。

 

そう言い切ると、ノックアウトはさっさとラウンジを後にした。

おろおろとやり取りを見守っていた助手が慌ててその背を追い、自動ドアの閉まる音が聞こえ。

足音が完全に聞こえなくなった頃、固まっていたビーコンの一人がぽつりと呟く。

「花火は打ち上げなきゃ絵柄が見えない・・・・そうか・・・」

傷つく事を恐れては、恋など始まらない。

その点で、情報参謀の恋は始まってすらいなかったのだ。

切ない片思いなどと浮かれていた自分達にとって、医者の言葉はまるで冷水を浴びせられたかの様に覚醒を促す。

「しかし、サウンドウェーブ様が何と思われるか」

「コレを配信した時点で、腹は決めてたんじゃないのか?でなきゃわざわざ流さないだろう」

「生放送でも?」

「たとえ生でも“映像”である以上、あの情報参謀が手を加えられない筈がない」

「確かに」

あの破壊大帝も、同じ事を言っていた筈だ。

つまり、情報参謀は決断したのだ。

少なくとももう、明日からは“ただの同僚”ではいられないだろう。

サウンドウェーブは腹を決め、スタースクリームは知ってしまったのだから。

これぞ自分達が望んでいた劇的な展開、その第一歩なのだ。

「次の配信が楽しみだな・・・」

何やら祭り前夜の幼年体の様に喜色を隠せず肩を叩き合うルーキー、もう何もこわくないと胸を張る中堅。

そして――――

「おい先輩方排気してないぞ」

普段悠然と構えている筈の古参ビーコン達はというと、未だ硬直から立ち直れずにいた。

ドラマ配信がスタートした頃からリアルタイムで視聴してきた彼らにとって、今回の転機は刺激が強すぎた様であった。

「でもきちんと録画は終了してるな。流石だ」

「あとで分けて貰おう」

「決定的瞬間だったものな」

 

 

***

 

 

 

 

一方その頃、医療ルームに戻ったブレークダウンは床掃除を始めていた。

つい先程まで美容マッサージを受けていた患者が、オイルを拭う事なく出て行ってしまった為床には転々とその痕跡が残されていたのだ。

廊下は清掃担当のビーコンが磨くだろうから、差し当たって必要なのは自分達のエリアだけだ。

聊かサイズの合わない小さなモップを握る助手の姿を、ノックアウトはカウチに寝そべって見学している。

手伝うつもりは、無いらしい。

そんな相棒の態度など慣れ切っているのか、ブレークダウンもまた特に苦言を呈す事も無くてきぱきと作業をこなしていた。

「明日からうんと楽しくなりますよ、ブレークダウン?」

「?何でだ?仕事するのか?」

「とんでもない!!仕事なんて絶対ごめんです。私が言っているのは、娯楽が出来たという事ですよ」

ふふ、と艶っぽい笑みを浮かべるノックアウトは酷く愉快そうだ。

いつになく機嫌がいい相棒に、ブレークダウンはやはり小首を傾げるだけであった。

 

 

 

*******************つづく(笑)*******

2013/03/25