その企てを知るのは、デストロン軍での極一部の者のみであった。
同じ基地内に配属された者にすら、殆ど知らされていなかった『計画』。
今後の戦況にも大きく影響するそれは、サウンドウェーブ自らが立ち会って実行された。
だが。
「・・・・」
焼け焦げた瓦礫の山をスキャンしていたサウンドウェーブが、ゆっくりと面を上げる。
被験者の姿は、室内には見当たらない。
代わりに貫かれた天井から、黒い夜空が覗いていた。
「さ、サウンドウェーブ・・・」
己の忠実な部下が、おずおずと近寄ってくる。
「・・・・」
見上げてくるその視線を一度だけ受け取ってから、情報参謀は通信チャンネルを開いた。
「サウンドウェーブよりメガトロン様へ。――――スタースクリームは逃亡、状況から判断するに、目的は果たしたと思われる・・・報告、以上」
1.
その日スカイファイアーは、珍しく外回りの警備に就いていた。
サイバトロンに所属してからの彼は、率先して前線に立つ事は無く―――求められれば輸送機としての任務はこなしたが―――どちらかといえば後衛に所属していた。
元々争いを好む性格では無い。サイバトロンの大半がそうだろうが、スカイファイアーには別の理由もあった。
1000万年を氷の中で過ごしていた彼を、現世に蘇らせてくれた存在。
スタースクリーム。
決別を選んだのはスカイファイアー自身だったが、今も尚考えずにはいられない。
あの時どうして、彼を説得する事を諦めてしまったのだろうか。諦めてしまったならば、何故今も彼の名を呼び続けるのか。
自分にとっては一睡の間でも、世の中は戦争が起こる程の時が流れていた。
でも。けれど。だけど。
考えれば考える程出口が見つからず、外の空気が吸いたくて本日の夜警であるプロールに頼み込み交代して貰ったのだ。
「・・・」
故郷と違い有機生命体に満ち溢れたこの星は、復活して暫く経った今もスカイファイアーの関心を捉えて離さない。
セイバートロンが平和を謳歌していたら、是非とも長期滞在を申請していた所だ――――彼と、共に。
1000万年前のあの時、彼の制止を聞かず磁気嵐の惑星に近寄ったのは自分だ。
あの時自分が墜落しなければ、今現在の自分たちはまた違っていたかもしれない。
今と違う未来を想像するのは、恐らく無駄な事だろう。
ただ悲しむのは、彼がスカイファイアーの知らない歳月を歩み、結果互いに銃を向け合う様な存在になってしまった事だ。
共に歩めなかった1000万年の時が、スカイファイアーには悔しくて仕方なかった。
氷の中から蘇らせてくれた彼は、何もかも知らない世界で唯一だったというのに。
過ぎた歳月を恨めば恨む分だけ、虚しさが募った。
見上げた空は、夜明けまでまだ遠い。
地平線の向こうに消える星を眺めていて、ふとセンサーが奇妙な音を拾った。
いや、奇妙ではない。風を切るその音を、自分は良く知っていた。
だが段々と近づいてくる音の心当たりは、確信と同時に戸惑いを齎した。
間違う筈がない。この音は、
「スタースクリーム!!?」
頭上を飛び去っていく音速の機体を、スカイファイアーは無意識に追い掛けた。
トランスフォームの一瞬さえももどかしく、何故追うのかという疑問を抱く事さえ忘れて飛んだ。
「スタースクリーム!待ってくれ!!」
返事は無い。稀に戦場で遭遇する時も、そうだった。
だが追ううちに、スカイファイアーは彼が何かトラブルを抱えているのではと思った。
研究所に所属していた頃から、スタースクリームは己の気分のままに飛ぶ機体だった。
ゆったりと安全運転を掲げるスカイファイアーをからかう様に、並行に飛んでいたかと思えば急発進し追い抜いてみたり、錐揉み回転をしてみたり。
まだ飛行型のトランスフォーマーが珍しかった時代の事だ。思うままに空を飛ぶ彼の姿は、地上の者達の視線を集めてやまなかった。
しかし現在スカイファイアーの前方を飛ぶ彼は、明らかにおかしかった。
高低も安定せず、時々バーナーが消える。ふらついている、という表現が正しいだろうか。
呼びかけに応答が無い事もまた、スカイファイアーの不安を煽った。
「スタースクリーム、このままでは墜落する!スピードを、落とすんだ・・・!」
「―――――」
返事が無いまま、F-15の機体が大きく揺らいだ。
「スタースクリーム!!」
下は岩肌が剥き出しの山脈の様で、墜ちればただでは済まないだろう。
重力に抗う事無く墜ちていく機体に、スカイファイアーは機首を真下に向けると、一気に加速した。
陽の色のキャノピーを追い越し、抜いたところでトランスフォームする。
「っ・・・!!!」
伸ばした手が目的のものを捉えた、そう思った直後―――――
辺りに地響きが広がった。
激突こそ免れたものの、山肌には大きなクレーターを作ってしまった様だ。
ぱらぱらと砕けた岩に苦笑し、次いで自分たちの姿にも溜息をつく。
大惨事は防げた様だが、着地までは考えていなかった。
抱き抱えた機体には傷らしいものは見当たらず、自分がクッションになった事に安堵した。
「大丈夫・・・かい?」
F-15の主翼を摘まむと、微かに相手が反応した。
覚束ない様子でトランスフォームした機体は、やはりスタースクリームだった。
「・・・・・スカ・・・ィア、―・・・?」
今までに聞いた事も無い様な、弱々しい声だった。
赤いアイセンサーを何度も点滅させながら、スタースクリームはよろよろと身を起こす。
「っまだ、起きては・・!!」
支えようとした手が、思いの外激しく拒まれた。
「離し、やがれ・・・・・ッ」
無理やりに起き上り、スカイフアイアーに背を向ける様にしてその場を去ろうとする。
だが不具合はアイセンサーだけではないのだろう。覚束無い足取りは、転がっていた岩盤に足を取られ大きく転んだ。
その姿にスカイファイアーが慌てて近寄り助け起こすが、彼はあくまでも手を拒もうとする。
「待ってくれ!!」
逃げようとする肩を掴み押し留めた。
スカイファイアーとて、判っている。デストロンの2である彼が、サイバトロンを否定するのは極同然だ。
だがこんな彼を放っておくことは、出来なかった。
「私を拒むのは構わない!・・・けれど、せめてリペアを・・・!」
ブレインの装甲が破損しているのに気付き、痛ましげに手を添える。
その手に気付いたスタースクリームが、今まで以上に激しく抵抗した。
「触るな・・・・っ触るンじゃねェ・・・・!!」
「・・・スタースクリーム?」
ただの怪我では、ないのだろうか。
異常な程拒絶するスタースクリームに、スカイファイアーはそれ以上何も出来なくなった。
「判った、触れないから・・・だから」
「っうあ、・・・・・・ッ―――!!」
ショートしているのか、小さな火花が散った。
たじろいた瞬間、スタースクリームの手がスカイファイアーの肩を掴んだ。
「スタ、」
「、・・・消え、ちまう・・・・・」
か細い声だった。
これだけ近くにいるスカイファイアーにさえ、やっと聞き取れたという程に小さな声。
それを残すと、スタースクリームは強制シャットダウンした。
「―――――スタースクリーム?一体・・・」
返事は無い。
「・・・・」
だらりと力無く横たわるスタースクリームを抱えたまま、スカイファイアーは決心した。
かつての旧友を丁重に抱え直すと、静かに地面を蹴り上空に浮かぶ。
明け始めた薄紫の空が、白い機体を淡く染めていった。
「・・・きっと起きたら、君は嫌がるだろうね」
目覚めたら敵地のど真ん中という事態は、本来決して好ましいものではないだろう。
連れ帰ったとしても、サイバトロンの皆は断るかもしれない。デストロンの航空参謀の顔は、皆知っている。
それでも、スカイファイアーに『放っておく』などという考えは微塵も無かった。
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