治療に必要だと提供を求められた記録媒体を、スタースクリームはどこかで失くしてしまった。
鬼気迫る様子で探している彼ではあるが、アイカメラは一向にちっぽけなメモリーキューブを捕捉しない。
「畜生、どこに・・・・無くす筈が、ねぇのに!!!」
「・・・・」
荒っぽい行動の間にも、記憶はゆっくりと薄れて行く。それがまた、彼の焦燥を煽るのだろう。
「スタースクリーム、少し落ち着いて」
「うるせぇ!!畜生、畜生・・・なんで、見つからない・・・・・・・」
怒鳴りすぎてバランサーにエラーを生じさせよろめいた彼を、スカイファイアーはそっと支える。
見つからなくて、当然の話だ。
スカイファイアーが持っているのだから。
「―――焦っては捜索システムに余計な負担を重ねるだけだ」
落ち着いて、と自分よりずっと小さな機体のフェイスパーツをそっとなぞる。
常の彼であれば嫌がるだろう接触も、目当てのものが見つからず焦る今は拒否されなかった。
「・・・失くす筈が、無ぇのに・・・」
絶望した様に呟くスタースクリームの頬をもう一度撫でて、スカイファイアーは静か微笑んで見せた。
「大丈夫、見つかるさ」
「みつかる・・・・ほんとうに、か?」
「勿論だとも」
過負荷によってシステムダウンしていく友を見守りながら、嘘をつく。
ゆっくりと駆動力を失っていく機体を、スカイファイアーは愛しそうに撫で続けていた。
やはりスタースクリームは、スカイファイアーについてのデータを失いつつある。
共に過ごした時間を覚えているなら、この状況下でスカイファイアーが捜索を手伝わない事自体おかしい筈なのだ。
それを指摘出来ない程、彼の中からデータの抜け落ちが始まっていた。
10.
一時であっても、『スタースクリームに忘れられた』という事実は酷くスカイファイアーのスパークを痛めつけた。
永い時を経ても尚記憶していてくれた彼が、自分を目の前にしながら他人の様に扱った。
――――あの時のスタースクリームの冷たい表情を思い出すだけで、機体が錆ついてしまったかの様な軋みを覚える。
忘れられる事はこんなにも辛い。
だがその痛みを抱えながら、スカイファイアーの中には新たな考えが生まれていた。
『いっそスタースクリームが、何もかも忘れてしまうなら――――本当に全てを、やり直せないだろうか?』
自分の事だけは覚えていて欲しいと願うのは、きっと欲深い証拠だ。
ならせめて、まっさらになった彼ともう一度初めから、出会いからやり直せたら。
同族同士の戦いなど退いて、二人でどこか別の星で暮らす道を選ぶ事だって出来る。
忘れられて辛いのは、初めのうちだけだ。
そのうち失った一千万年よりもずっと多く、共に過ごした時間で埋められていくだろう。
昔々研究所の廊下で自己紹介をした時の様に、もう一度笑って手を差し出せばいいじゃないか。
大丈夫、自分一人辛いのを我慢していれば良いだけ。
君が忘れても、私が覚えていればそれで良いだろう?スタースクリーム。
寝台に横たわる友を眺めながら、スカイファイアーはゆっくりと通信端末を起動させた。
***
「―――記録媒体は未だ入手出来ていないとの事だ」
通信を切りながら、ラチェットが淡々と報告する。
治療にはやはりスタースクリームのデータが必要なのだ。
メモリーキューブという素晴らしく完全な記録媒体があるのに、自分達は未だにそれを入手する事が出来ない。
同期せずとも、タイムリミットはひたひたと忍び寄っているのに。
「スタースクリームは・・・・格納した場所を忘れてしまったのかな?」
とぼけた様子で首を傾げる副官に、ラチェットは冷たく一瞥を寄越す。
「栗鼠じゃないんだぞ、マイスター」
「いや彼なら在り得るかなと。現状を省みて尚更、ね」
「・・・・」
実際先日までのスタースクリームは、記録媒体の存在を『忘れて』いた。
皮肉にもそれが侵攻の歯止めをかけていた訳だが、抜け落ちた記憶を欲すれば必ず同期が必要になる。
『自分』が欠けて行く恐怖に、あの臆病者の航空参謀が耐えられるだろうか。
自分達の推測からすれば、答えは“ノー”だ。
「しかし今は違う。彼は同期が齎す加速を知ったんだぞ?治りたいと願うなら尚更媒体を差し出すべきだろう」
今更軍事機密も何もないだろう。
デストロンは静けさを保ったままだし、そもそもスタースクリームがここに匿われている事自体がそんな境界を超えている。
それなのに、どうしてこうもすんなりと事が運ばないのだろうか。
苛立つラチェットとは対照的に、マイスターはいつも通り落ち着いた表情で――――笑みさえ浮かべている。
動じない副官に八つ当たりと訝りを混ぜた視線を向ければ、こちらの疑問に気付いたのだろう、水色のバイザーは極何でもない事の様に告げる。
「これは私の勘だけどね・・・恐らくスカイファイアーは、嘘をついていると思うよ」
「・・・・何だって?」
予想外の回答と予想外の人物に、ラチェットは暫くの間ブレインサーキットを上手く回転出来なかった。
そもそも今回の騒動の種を持ち込んだのは、他ならぬスカイフアイアー自身だ。
これ以上無い程頭を下げ、匿う事に許しを求めた彼が、何故今更友の不調を促す様な嘘をつく必要があるのか。
「スカイファイアーが虚偽の報告をしていると言うのか?一体何の為に」
訝るラチェットに、マイスターは飄々と笑んだままである。
「何の為にと問われれば、私にも明確な答えは判らない。言っただろう?勘だと」
「つまり根拠は無いわけだな?」
思考回路にノイズが混じった様な痛みを覚え、深く嘆息するラチェット。
これがアイアンハイドの言葉であったならば、『そんな馬鹿な事しか考えられないブレインはリペアしてしまおう』と機材を持ち出せるのだが、生憎目の前に座っているのはマイスターだ。
そしてマイスターのブレインが弾き出す回答は、ほぼ常に正しいのだ。
「誠実そのものの様なスパークの持ち主が、上官である我々にまで嘘をつこうとしている―――うん大事だな」
「問い質さないのか」
「まさか。勘で上官命令は出せないよ」
古参の者ならば、マイスターの勘だけでも充分有力な証拠になるのだが。
幸か不幸か、スカイファイアーは地球で加わった仲間である。
「――――」
真意を測りかね困惑するラチェットとは対照的に、何ら動じる様子の無いマイスター。
水色のバイザーの向こうは、まるで全てを知っている様な気がした。
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11.05.29