「最近スカイファイアー、元気ないね」
バンブルの指摘に、スカイファイアーは思わず苦笑してしまった。
11.
スタースクリームの事は、僅かなメンバー以外に話していない。
歩哨を始めとしたスカイファイアーの配置換えに関してはマイスターが上手い事言い包めている様だが、この聡いミニボットは何となく変化に気付いているのだろう。
久々に談笑室に顔を覗かせた白い輸送機に、バンブルは直球に質問するのではなく、敢えて彼の調子を気遣ってみせた。
「そう見えるかい」
「おいらには」
「そうか・・・」
この黄色いミニボットに、抱えているものを話すわけにはいかない。
只でさえ、今の自分は事情を知る仲間達にさえ報告していないことがあるのだから。
「少し・・・ね。大丈夫、大した事じゃないんだ」
「・・・」
曖昧に濁したきりのスカイファイアーに、何某か察したのだろう。
黄色いミニボットはじっと見上げるのを止め、レギュラー・サイズの椅子からぴょんと飛び降りた。
「バンブル?」
「おいら、いい考えがある!ちょっと持ってくるから、スカイファイアー待っててね!!」
そう宣言すると、バンブルは急ぎ部屋から出て行ってしまった。
返事をする間も無く走り去ったドアを見つめ、スカイファイアーは所在なく視線を彷徨わせた。
いい考えとは、何だろう。
持ってくるとは、何を持ってくるつもりなのだろう。
ぼんやりと言葉の裏に隠されたものの正体を探っているうちに、特徴的なエンジン音を響かせ黄色いビートルが戻ってきた。
どれ程急いだのだろう、急ブレーキを掛けた床に黒いタイヤ痕がしっかりと残っている。
「バンブル、一体」
「まぁまぁ、おいらに任せてて」
何やら黒い球体を抱えたバンブルの表情は、悪戯を実行する子どものそれに似ている。
球体をテーブルの真ん中に設置すると、続いて彼は部屋の照明を落とした。
「行くよ〜」
暗闇の中、ぱちりとスイッチの嵌まる音がする。
その直後、部屋は宇宙空間に姿を変えていた。
「――――これは」
壁や天井に広がる星々の煌めきに、言葉が途切れる。
「地球のね、簡易天体投影装置。スパイクに教わって、こないだクリフと一緒に作ったんだよ」
成る程、照明を落としたのはこの為だったのか。
アイセンサーの感度を調整すれば、想像通り得意げな表情のバンブルが見えるだろう。
だがあえてそうしようとはせず、代わりにスカイファイアーはつくりものの宇宙を眺めた。
セイバートロン星近郊を意識したのだろう、懐かしい星空が天井も壁も覆い尽くしている。
「ほんとはね、リジェの為に作ったんだけど。・・・スカイファイアーも元気出たらいいなって」
「・・・・ありがとう」
遠い遠い昔は、この空をスタースクリームと泳いだものだ。
スピードを上げずにいた自分とは対照的に、スタースクリームはよくアクロバティックな宇宙飛行を楽しんでいた。
彼が遠く離れて飛び立ってしまうと、星屑が軌跡を描いて本当に流れ星の様だった。
そして目に見えなくなる程遠くに行ってしまっても、いつの間にかまた近付いてきて、スカイファイアーの主翼に圧し掛かるのだ。
疲れた、とぼやく彼に笑って、エネルギーの無駄遣いを諭そうとすれば決まって誤魔化された。
“お前は白いしでかいから、恒星集合地帯でもすぐ判るな”
そう笑う彼に毒気を抜かれて、結局諭す事は出来なかった。
あの頃は、いつもそんなやりとりを交わしていた。
懐かしさに目を細めていると、隣のミニボットが安心したように排気するのが判った。
彼の優しさを有難く思いながら、スカイファイアーはふと思いついた。
「・・・ねぇ、バンブル」
「?」
「良かったら、この装置を少し借りたいな」
スカイファイアーの頼みに、バンブルは笑顔で頷いてくれた。
***
自室に戻ると、スタースクリームが曖昧に挨拶をしてくれた。
「・・・よう、センセイ」
「・・・やあ」
“今日の”スタースクリームは、スカイファイアーを覚えていない。
何日か前にもそんな状態になった。スタースクリームは毎日、時には数時間毎にデータの保持率が違うのだ。
故に、時系列が滅茶苦茶だったり、誤認識が多い。
今朝はリペアルームにいる時に目覚めたから、スカイファイアーの事は技師達と同じ医療技術者か何かだと思っている様だった。
彼のよそよそしい態度に耐えきれず、所用だと言って談話室に逃げてしまったのは数十分ほど前の話だ。
その間何をするでもなく部屋で過ごしていたのだろう、スカイファイアーが携えてきた丸い装置を不審そうに眺めていたが―――部屋の照明が落ち、部屋が宇宙に姿を変えるやアイセンサーを見開いた。
「・・・これ、は」
「・・・」
自分と似た反応だったのが、少し嬉しかった。
「覚えてるかな。よく君と、この空を飛んだんだ」
「・・・・・・・お前と?」
小さな問いに、スタースクリームは暫く天体とスカイファイアーを見比べていた。
ゆっくりと移動する星の渦は、自分達の装甲さえスクリーンに変えている。
流れる空をじっと見つめ、ややあってから彼は緩く頭を振った。
「・・・知らねぇ。見た気はするけど、お前と飛んだ覚えは無い」
「・・・そうか」
苦笑して、スタースクリームから視線を逸らした。
一体自分は、何がしたいのだろう。
望む未来の為に、スタースクリームの記憶を消そうとしているのは自分の筈だ。
その為に過日の全てを忘れられようと構わないと、こちらが覚えていればそれで良いと割り切った筈だ。
スタースクリームには、忘れて貰わなければいけないのに。
久方ぶりに見た故郷の空に昔を思い出し、つい浮かれてこんな装置を借りてしまったが―――古い記憶を呼び起こす様な真似は、理想の未来に反しているではないか。
「・・・そうだったね。すまない、私の勘違いだ」
余計な事を思い出させないうちに、“これ”は消してしまわなければ。
のろのろと装置へ手を伸ばすスカイファイアーだったが、スイッチに触れる寸前、不意に寝台に座っていたスタースクリームが席を立った。
「スタースクリーム?」
「――――恒星集合地帯は、この辺りだよな」
小さな光の粒が集まる壁を、スタースクリームはじっと見つめている。
「そう。星屑が、多くて・・・・通り抜けるのが大変な場所だよ」
きつく握った拳をそっと背に隠すと、スカイファイアーは立ち上がってスタースクリームの隣に立った。
「この辺りは数億年前に惑星が砕けたという調査記録が残っている。だから今も星屑が浮遊しているんだ」
「・・・・」
スカイファイアーの説明に、スタースクリームはじっと光の群れを眺めている。
覚えている筈が無い。
現に今し方、否定したではないか。
「スタースクリーム?」
「なぁ、お前――――――――スカイファイアーって、知ってるか?」
その問いに、スカイファイアーは絶句した。
今日のスタースクリームは、自分を―――“スカイファイアー”を、知らない筈なのに。
振り返ってこちらを見上げる彼は、一見すると何も変わった様子は無い。
一体どうしてその名前を取り出したのだろう、動揺をひた隠しながら、スカイファイアーがぎこちなく微笑む。
「どうして、だい?」
「俺は心当たりが無ぇんだけどよ」
自分でも不思議そうに首をひねりながら、スタースクリームがほら、と手を差し出す。
スカイファイアーの掌より二回りは小さいそれは、指を開いた真ん中に深い傷が出来ていた。
星明りの中、その傷をよく見ようとアイセンサーの感度を上げる。
SKYFIRE
「――――!!」
執拗に、何度も繰り返し穿った様な痕は、確かにそう読めた。
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