ナルビームは初日に回収しておいた筈だ。
保管していた隠し棚を必死に見遣るものの、生憎無残にこじ開けられた姿を晒しているだけだった。
スカイファイアーの驚愕を余所に、スタースクリームは暫くの間倒れた機体を見下していたが――――やがて無造作にそれを蹴り上げた。
「ッ…!!」
「重てぇなァ」
冷たい口調には、どこか愉悦が混じっている。
蹴力にごろりと仰向けになったスカイファイアーは、まだ麻痺から回復出来ていない。
それを確認し無抵抗の機体に跨ると、スタースクリームは眼下の青いキャノピーに手を伸ばした。
「、ス、タースクリーム・・・!」
同じ飛行型である以上、キャノピーの開閉操作など容易い。
瞬く間にスイッチを探り当て中のものを摘まみ出すと、スタースクリームは冷たく笑った。
「やっぱりテメェが持ってやがったか」
「――――」
スカイファイアーは悟った。
これは、スタースクリームだ。
記憶を寄せ集め必死に構築し、スカイファイアーの事も覚えているが―――デストロン2としての記憶も持ち合わせたスタースクリームなのだ。
14.
態度は初めて忘れられた時に良く似ているが、記憶の保有量が違う。
恐らく今の彼は、復元出来る最後の姿だろう。これ以上のスタースクリームは最早構成出来ない。
だがスカイファイアーが目を疑ったのは、奪い返した記録媒体に自分の端子を繋ぐ彼の姿だった。
「っなに、を・・・・!」
「同期したら、侵攻を速めるだけだってのか?ンな事は判ってるさ」
麻痺から回復しようとするスカイファイアーを床に縫い止める様に、スタースクリームはわざと聴覚センサーに唇を近づけ呟く。
「だがてめぇにそんな事を説教される理由は無ぇ。サイバトロンの連中にさえ隠したまま、『俺』を見殺しにしようとキューブを持ってたてめぇにはな」
「――――」
「大したオトモダチだぜ」
鼻を鳴らしたスタースクリームに、スカイファイアーは絶句する。
そんなスカイファイアーの眼前で嵌めこまれた端子は、データの転送準備が出来た事を本体に伝える。
信号を確認するや、スタースクリームは静かに同期を開始した。
透明の端子からゆっくりとデータ転送中を示す光が点滅し送られ、スタースクリームの意識が半分そちらへ持って行かれる。
未だ痺れの抜けない体を酷くもどかしく思いながら、スカイファイアーは必死にやめさせようとした。
「判っているなら、何故・・・・・!取り返しがつかないと、言われただろう!」
まだ、間に合うかもしれないのだ。
直接同期してデータを補えば、スタースクリームの抱えたエラーは悪化してしまう。
治療には、メモリーキューブが必要だとパーセプターは言っていた。
だがデストロンの記憶が戻る事を恐れたスカイファイアーはそれを隠していたのだ。
治りたいスタースクリームにとって、スカイフアイアーから記録媒体を取り戻したなら今すぐパーセプターの下へ行けばいい。
スカイファイアーも漸く自分の過ちを認め、彼と共に研究者達の部屋へ行こうとしていたのに。
それなのに、何故彼は悪化を判っていながら同期行為をするのだろう。
僅かだが動く様になった右腕で必死にスタースクリームの肩を掴むと、同期中だった彼はちらりとこちらに意識を向けた。
「――――そして俺は、治るまでの間―――また、てめぇに憐れまれながら――――失い続けて、面倒を見られていろ、ってのか」
データの受信に全機能を集中させている為か、赤く点滅するアイカメラにスカイファイアーの不安は更に煽られる。
「ッ仕方ない、事なんだよ・・・上手くいけばちゃんと失くした記憶も、復元出来る。だからそれまでの」
「嫌なこった」
端子はその間もデータの転送を続けており、二体の間に走る光の点滅は季節外れのイルミネーションを思い出させた。
どうにかして、同期を止めさせなければならない。
もし体の一部を切り離す事で彼の同期を止められたなら、スカイファイアーは迷わずその手段を選んだだろう。
だが全身の麻痺は、どうする事も出来ない。
普段無駄に図体の大きい自分のボディは、こんな時に何の役にも立たないのか。
無力を罵り、何か方法は無いかと必死にブレインサーキットを働かせるスカイファイアーに、スタースクリームは静かに呟いた。
「―――スカイファイアー」
演算が、ストップする。
「・・・何、だい」
「スカイファイアー、だな」
「―――ッ」
思考回路に直接ナルビームを撃たれた様に、まともにものを考えられなかった。
代わりに今最大出力になっているのは、聴覚センサーの感度だ。
数日ぶりに、明確に認識されて呼ばれる名前に泣きそうな程の歓喜を覚えた。
他人の様に、何も感じない呼び方ではない。彼は、呼んでくれたのだ。
「・・・そう、だよ・・・・私だ」
組み敷いた機体の返事に、スタースクリームは微かに笑った。
デストロンらしい凶悪な笑みでも、皮肉めいたものでもなく、まるで遠い昔の頃の様な――――スカイファイアーが、最も良く知る表情で、笑んだ。
「・・・いつも研究室の入り口に頭ぶつけてた?」
「・・・そう」
「探査に夢中で、宇宙キノコに寄生された事にも気付かなかった?」
「・・・そう」
他愛の無い、いっそ無駄とも言える行動記録だ。
それでもスタースクリームは、くだらないそのメモリーを懐かしむ様に笑っている。
「思い出したぜ」
その一言に、ついに涙が溢れた。
情報を受信し終え、キューブから端子を引き抜いたスタースクリームに嘆く。
「そんなメモリーの為に、君は・・・」
「“そんな”?俺の記憶にケチつけてんじゃねぇよ」
何を大事に想うかなんざ、俺の勝手だろうが。
口調こそ乱暴だが、スタースクリームの表情は穏やかなままだ。
泣くスカイファイアーの頬に触れながら、彼はからかう様に笑う。
「俺のもんだ。お前にも、メガトロンにもやらねぇ。一瞬でも手放すぐらいなら―――――――――全部抱えたまま、俺ごと消えてやる」
最後の言葉に、スカイファイアーは悟った。
スタースクリームが同期を行った理由が、漸く判ったのだ。
「駄目だ!!私は、君に消えて欲しくない…!伝えたい事が、沢山あるんだ!!やっと、やっと気付いたのに・・・!!!」
伝えたいのは、相手が“スタースクリームだから”だ。
他の誰かでは、意味がないのに。
スタースクリームが暴挙に出てまで取り戻そうとした行動記録は、スカイファイアーも等しく持ち合わせたものだ。
共に過ごした、かつての日々。
スカイファイアーにとっても、それは掛け替えの無い大事なメモリーだった。
だがそんな昔のメモリーを取り戻す為に、スタースクリームの存在が消える事など望んではいない。
「失くしたくないなら、どうして・・・・・!!」
自ら消去するのと、同じ事だ。
床に引き倒され、自分より二回りも小さな機体に乗っかられたまま、ぼろぼろと幼年体の様に泣くスカイファイアー。
そんな彼の様子に、スタースクリームはもう一度スカイファイアーのアイカメラに触れた。
「・・・これでお前は、俺を忘れられなくなるな?スカイファイアー」
「な、」
「お前は俺を消そうとした、だから消えてやるんだよ。俺が全部忘れて、俺でなくなったとしても、お前は全部覚えてる―――一生苦しめ、スカイファイアー」
ざまぁみろ。
そう囁いたスタースクリームの表情は、意地の悪いものだった。
だが余裕たっぷりの表情は直ぐに崩れ、大きな赤いアイカメラからは大粒の涙が零れ落ちた。
「ッ・・・!」
カタカタと震える体を、スカイファイアーがそっと支える。
痺れはもう抜けていた。上体を起こすと、スタースクリームの体は簡単に腕の中に収まった。
その間も、スタースクリームは泣き続けている。
「スタースクリーム、」
「ちく、しょう・・・・・・・!!」
こわい、きえたくない。わすれたくない。
けど――――――
おれのなかから、おまえをなくすぐらいなら。
おれそのものがきえたほうが、ずっとましだ。
嗚咽の混じりだしたスタースクリームを、スカイファイアーはずっと見ていた。
忘れていく恐怖と不安でいっぱいの赤いアイカメラが、痛ましいと思った。
それでも自分は、目を逸らしたくなかった。
スタースクリームを、見たかった。全身で、覚えていたかった。
顔を背けようとする彼の顎を捉えて、唇を重ねた。
上手く排気出来ず、スタースクリームが苦しむ。
それでも、嫌がられなかった。
時々唇を離したが、その間もずっと、彼を見ていた。
やがて真っ赤なアイカメラが、ゆっくりと輝度を失くし――――オフラインになるまで。
スカイファイアーは、彼を離さなかった。
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