三日が、経った。

 

 

 

15

 

 

 

あの後すぐにパーセプター達の集中治療を受けたが、スタースクリームが目覚める事は無かった。

回路の修正は無事成功したものの、問題なのはスタースクリーム自身のデータだった。

治療の光明が見えたのは、もう同期をしないという前提があったからだ。しかしスタースクリームは同期を行い、結果パーソナルデータに著しい損傷を招いた。

いくらメモリーキューブがあっても、最重要事項等の位置付けは本人が蓄積した経験から置かれるものである。

ただデータがあれば良いというものではない。ほんの僅かに誤差があっても、それはもう当人では無くなってしまうのだ。

もとのスタースクリームのまま、という可能性は酷く僅かだとパーセプターには告げられた。

それでもスカイファイアーは、彼の隣を離れなかった。

 

毎日毎日、ただスタースクリームだけを見つめる日々。

横たわる機体のアイセンサーに光が灯る様子はなく、また起動する兆候も無い。

通常の健康体ならば、こんな風に滾々と眠ったりはしない。

機体の全てを停止しているスタースクリームを、スカイファイアーは憔悴した瞳で見つめた。

隣の部屋では、モニターを通してこちらを観察するマイスター達がいる筈だ。

付き添いを代わろうと申し出てくれた彼らの気持ちは有難かったが、今は誰にもこの位置を譲りたくなかった。

例え今日も起動する様子が見受けられなくとも。

明日も、その次も同じ一日を過ごす事になっても。

自分は傍にいるつもりだった。

 

思い出すのは、あの時泣きじゃくった彼の姿だった。

怖いと泣いた彼は、それ以上に忘れたくないと泣いた。

一瞬でもスカイファイアーを忘れるぐらいならば、自分そのものを消した方がましだと泣いた。

この星で目覚めてから、初めてスタースクリームの本音を聞いたと思う。

だが自分はまだ、何も伝えられていないのだ。

デストロンの2で、航空参謀。ジェットロン部隊の隊長。そして、スカイファイアーの旧友。

そのスタースクリームを、スカイファイアーはひたすらに待っていた。

逢う事に躊躇いさえ覚え、今回の騒動には消えて欲しいとすら願った彼に。

もう一度逢いたいと、懇願した。

 

「―――スタースクリーム」

何気なく頬に触れた、その時だった。

 

アイカメラに淡く灯り始めた光に、スカイファイアーは息を飲んだ。

かち、かちと微かに響く音は機体が起動準備に入った証だ。

モニターでこちらを観察していた隣室からも、慌ただしい気配を感じる。

ゆっくりと起き上がったスタースクリームがふらつくのに手を貸すと、赤いアイカメラが僅かに瞬いてこちらを見上げた。

     ?

「スカイファイアー!!!」

開け放たれた扉に、皆が飛び込んできた。

先頭のマイスターが制した為に、皆入口で足を止める。

奇妙な沈黙の中、視線を集めたスタースクリームはスカイファイアーを見上げたままだ。

その腕を支えたままだったスカイファイアーは、静かに笑んでみせる。

 

 

「・・・私は、スカイファイアーと言うんだ」

「・・・しらない。ここは?」

 

 

――――間に合わなかった。

皆の絶望が手に取る様に判る。

だが最も深く傷ついているのは、スカイファイアーだった。

それでも彼は、悲痛な思いを必死に笑みで覆い隠している。

リペアチームが絶句する中、マイスターが柔らかく声をかけた。

「スカイファイアー」

面を上げたスカイファイアーは、その機体色に比べ随分と暗い目をしていた。

「少し、出てくるといい」

「でも、」

「司令官には私から報告しておく。ずっと籠りきりだったのだから、構わないだろう?」

それに、といつもの笑みを浮かべたまま、副官はバイザーを光らせる。

「何も引き離すつもりなんて無いさ、連れて行くといい。その間に私達は復旧方法を模索するから」

マイスターの言葉に、黙っていたリペアチームの面々が顔を見合わせる。

無力感に苛まれていた彼らではあったが、飄々としたマイスターの態度に常の冷静さを取り戻した様だった。

それぞれがスカイファイアーに声を掛け、軽く手を振って去っていく。

その様子を見送りながら、マイスターもまた彼らへと続いた。

踵を反し、一歩歩んだところで振り返る。

「―――我々は我々の信念の下、やるべきことをやるだけだよ。君はどうだい?」

「副官」

呼び掛けたものの、後に続くものは出て来なかった。

スカイファイアーが言葉に詰まる事も予想済みだったのだろう、マイスターは今一度手を振ると、今度こそ去ってしまった。

後に残されたのは、二人だけ。

いつも閉ざされているドアは、大きく開いたままだ。

躊躇いながら振り返ると、スタースクリームは相変わらず不思議そうにこちらを見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイバトロンに匿われる事になってから、スタースクリームが外に出るのは初めての事だった。

立場上致し方ない事であり、本人も渋々納得していたが、“今のスタースクリームはそんな事も覚えていない。

ただ『初めて見る地球の自然物』に驚き、あれこれと説明を求めてくる。

「なぜ、くらい?」

「この星は自転するタイプのものだからね。今は太陽が当たらない地域にいるんだ」

「これはなんだ?

「植物だ。ここは有機系生命体が数多く存在する星なんだよ」

丁寧に教えてやる度に、スタースクリームは無表情に感心する。

その様子に笑みを浮かべながら、スカイファイアーは内心酷く落ち込んでいた。

やはり今目の前にいるのは、スカイファイアーの知るスタースクリームでは無いのだ。

彼はもっと表情豊かだった。

赤いアイカメラが自分を映す事が、嬉しかった。驚けば目を見開き、嬉しければ笑い、嫌がれば唇を尖らせた。

彼はもっと感情に溢れた声をしていた。

その声が名を呼ぶのが心地良かった。いつも自信に満ちている分、落ち込んだ時は本当に弱々しくて、声を掛けずにはいられなくて。

彼はこんな風に無知にものを訊ねなかった。

自分で調べるという自主性を持ち合わせていたし、矜持が高く訊ねる時は聊か言い辛そうに目線を外し、見くびられまいと態とらしい程居丈高になった。

パーツを交換したわけでもないのに、全てがスタースクリームと異なる。

目視する度に違いを見つけてしまい、スカイファイアーはうなだれた。

それ程彼を知っていた。その全てに好意を抱いていたのに、あの時の自分は彼の本心を理解出来なかった。

どれだけ悔いても、全ては遅すぎた。

「スタースクリーム」

呼び掛けても、あまり自分の名前だという実感は無い様だ。

無表情にこちらを見上げるアイカメラに、スパークがずきりと痛む。

――――否、これがあの時の自分が望んだ結果だ。

身勝手な願いに一生苦しめと、スタースクリームは言った。そうして、消えてしまったのだ。

本当に願うべきものは、彼と向き合う時間だったのに。

自分のアイセンサーに冷却液が滲むのが判り、スカイファイアーはきつく目を瞑った。

「・・・なぜ、なく?」

「・・・・」

『スタースクリーム』の問いに、スカイファイアーが答える事は出来なかった。

ちがう、スタースクリームならそんな問い方をしない。

感情が制御出来ず首を振れば、『スタースクリーム』はスカイファイアーに興味を無くしたのか空を見上げている。

「じゃあ、あれはなんだ」

「・・・っ、」

無理やり冷却液を拭い、スカイファイアーは漸く瞼を開いた。

『スタースクリーム』の指先が示す空を見遣り、そして驚く。

 

 

何時の間に、いや、自分の索敵ソナーが鈍っていたのか。

夜空に浮かんでいたのは、スタースクリームと同じ姿をしたデストロンの機体だ。

カラーの違う二機は、地上のこちらを物言いたげに見下ろしている。

 

 

「君たち、は」

着陸する素振りが無いのは、敵同士だからだろうか。

スタースクリームを背に庇い身構えるスカイファイアーに、水色の機体はそれぞれを一瞥した後、ぽつりと告げる。

「―――サウンドウェーブがよ」

「、」

「治療プログラムを完成させた。元々データは保存しておいたから、復旧も出来るって話だ」

 

それが何を意味するか、スカイファイアーには直ぐに判った。

だが、本当に信用出来るのだろうか。

事の発端は彼だ。デストロンに有益になる様にと作られたウイルス・プログラムのお陰でスタースクリームは現状に陥っている。

引き渡した所で、デストロンが―――メガトロンが、本当に治療をしてくれるのだろうか。

今のスタースクリームは、彼らが望んだ通りまっさらな状態なのだ。

航空参謀として一切の知識を失ったのは痛手だろうが、デストロン最速たる身体能力は失っていない。

知識は後から埋められる、とスタースクリームは言っていた。

パーソナルプログラムが欲する最重要事項に、メガトロンという存在を植えつける。

そうして洗脳は出来上がるのだとも。

 

信用、できるのか。

 

「・・・」

じり、とスカイファイアーが一歩後ずさった。

その様子に、二羽の態度が険のあるものへと変わるのが判った。

「スタースクリーム!お前の仲間はそいつじゃねぇ、俺達だろうが!!」

苛立つスカイワープの言葉に、『スタースクリーム』がスカイファイアーの腕を掴んだ。

その姿に、スカイワープは更に機嫌を損ねた様だった。こちらへ急降下しようとするのを、サンダークラッカーに制止されている。

「何でぃサンダークラッカー!止めんじゃねぇや!!」

ぎゃいぎゃいと騒ぐ黒色の機体に、反色たる水色は無視したままこちらへ問いかけた。

「―――サイバトロン、そいつをどうするつもりだ?」

「・・・私は」

スカイファイアーの腕を掴んだまま、その背に隠れる様にして空を窺う『スタースクリーム』。

 

時間は要するだろうが、サイバトロンの優秀なチームはいずれ治療の道を見つけるだろう。

その間、自分は『スタースクリーム』を傍に置く事が出来る。

望むのは、―――――――――

 

「・・・」

白い機体が、ゆっくりと背を振り返った。

『スタースクリーム』は、突如現れた同型機を警戒したままだ。

腕を掴んだままの彼を安心させる様肩に手を置くと、『スタースクリーム』が無表情にスカイファイアーを見上げた。

「すか、」

「彼らと、一緒に行くんだ。・・・・大丈夫、君を傷つけたりはしない」

 

傍に置いておけたらと、思う。

だがあの時、スタースクリームは泣いたのだ。

忘れたくないと泣いた。一時でも忘れるぐらいなら、自ら消えたほうがましだと。

あのスタースクリームに逢うには―――――――一秒でも早くスタースクリームを取り戻すには、彼らを信用して預ける他に無い。

 

 

「私はサイバトロンだから・・・だから、デストロンの引き起こしたものを、肯定するわけにはいかない」

二羽の態度からして、これ以上の悪化は無いだろう。

サウンドウェーブやメガトロンの思惑は判らないが、恐らくこれが残された最後の道なのだ。

不思議そうにスカイファイアーを見上げる彼の、その顔に苦く笑って唇を重ねた。

頭上でスカイワープが「あ、」と聊か間の抜けた声を上げたのが聞こえたが、サンダークラッカーがまたも抑えた様だった。

「――――私は、スタースクリームを望む。彼が、彼として戻る事を願うよ」

行くんだ、と促せば『スタースクリーム』は戸惑いがちに踵部のジェットを点火させた。

暗い夜空に、三体目のジェットロンが浮かび上がる。

二機が迎え入れると、『スタースクリーム』が一度だけこちらを振り返った。

本当に、いいのか。

そう問う様な視線に、スカイファイアーは笑んでみせる事で安心させた。

やがてスカイワープの仕業だろう、三機の姿が一瞬にして消える。

後に残されたのは、スカイファイアー一人だけだ。

気配が三人分無くなった為に、辺りには訪れた時よりもしんとした空気だけが残されている。

 

 

「・・・」

 

 

一緒にいた赤い機体は、もう隣にはいない。

今一度空を見上げたスカイファイアーは、そこで一つ、月明かりを反射する小さな物体が浮かんでいる事に気がついた。

天高くに佇むその白銀が誰であるかなど、判らないものはいないだろう。

いつからそこにいたのだろう。

いや、恐らくは初めからいたに違いない。スカイワープ達を差し向け、先に基地へ帰らせた―――そんな所か。

向こうもこちらが見ている事に気がついたのか、やがて踵を返し空の向こうへと去ってしまった。

その姿を見送り、スカイファイアーもまた静かに目を伏せた。

 

 

 

 

 

    * *

 

 

 

夜明けと共に帰って来たスカイファイアーを迎えたのは、マイスター一人だった。

連れ立って出て行った筈のもう一機の姿が無い事に、彼は何も言わなかった。

代わりに寄り掛かっていた基地の入り口から姿勢を正すと、戻って来たスカイファイアーの機体を軽く叩いた。

「マイスター副官、私は」

「もうすぐ他の皆も起きてくる。我々は寝坊組をからかいに行こうじゃないか」

わざとらしいのに、その遮り方はとてもスムーズだ。

スタースクリームをデストロンに引き渡した。その報告をしなければならないのに、マイスターはそれを遮ってみせた。

まるで、全てお見通しであったかの様に。

――――きっと自分は、この人に何も隠し事が出来ない。

泣きそうな顔で排気すると、水色のバイザーは相変わらず飄々と笑っていた。

 

振り返った空は濃紺から薄紫へと表情を変えており、その美しさはセイバートロンでは決して見られないものだった。

あの日自分はこんな空の中でスタースクリームを見つけ、連れ帰った。

そして今、同じ空に――――彼を、デストロンに帰した。

 

 

 

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2011.08.30