16.
それからの事は、あまりよく覚えていない。
何かしていたつもりは、無い。むしろ何もしていなかったと言う方が正しいだろう。
ぼんやりと自室の寝台に腰掛け、今朝まで共に在った機体の事ばかり考えていた。
どんな手段を使ってでも、彼と、もう一度話がしたかった。
どんなに僅かな可能性であっても、縋りたかった。
その為にデストロンに引き渡した彼の事ばかり、考えていた。
「・・・」
深く排気するスカイファイアーであったが、不意に思考をけたたましい通信音によって遮られる。
慌てて通話モードにすると、聞こえてきたのはマイスターの声だった。
『スカイファイアー、今どこにいる?』
「自室で待機しています」
『悪いが直ちに基地周辺の警戒に当たってくれ。高速で移動する物体をテレトランワンがキャッチした』
飄々とした声が紡いだ単語に、引っ掛かりを覚えた。
「高速?―――あの、!!」
『君の目で確かめる方が良いと思ってね』
通信はそこで切れた。
暫し呆然とするスカイファイアーであったが、ブレインサーキットが通信内容を理解するや、部屋を飛び出した。
待ち望み、そして恐れた『結果』が、目の前に来ているのだ。
* * *
“高速で移動する物体”については、すぐに捕捉する事が出来た。
赤と白、そして濃い水色に彩られたあのF-15を見間違える筈も無い。
必死で追い続けるスカイファイアーだったが、元々の機体性能に随分と差がある。
前方に捉えていた筈の機体は、思いに反してどんどん遠ざかっていった。
「待って・・・くれ・・・!!」
本当に、彼なのか。
確かめたかった。その為にも、彼を捕まえねばならなかった。
なのに、追いつけない。
「スタースクリーム・・・!!!」
ジェットエンジンの光が、次第に小さくなっていく。
それでもスカイファイアーは空を飛び続けた。
諦めるつもりなど、微塵も無いのだ。
自分がのろまでも、飛び続けていれば必ず会えると信じ切っていた。
だから主翼に圧し掛かったものに、スカイファイアーは驚かなかった。
その重みが何なのか、自分は知っていたからだ。
そうだ。
こちらが見えなくなる程遠ざかっても、彼はいつもこうやって戻ってきたではないか。
「――――スタースクリーム」
「のろまめ」
苛ついた声に、知らず笑みが浮かぶ。
そのままゆっくりと高度を下げ着陸態勢に入ると、地に降り立つ寸前でそれは離れた。
変形し地に立ったスカイファイアーに対し、相手は中空でホバリングしたままこちらを見下している。
苛立ちと、気まずさと、もっと複雑で豊かな感情を抱えた彼の顔に、スカイファイアーは安堵した。
別れた時の、人形の様な態度はどこにもない。
間違いなく彼は、スタースクリームだ。
「――――復旧は、上手くいったんだね」
「・・・」
何か言いたげな顔をしていたスタースクリームだったが、結局その唇が言葉を発する事は無かった。
その姿に目を細め、スカイファイアーは己のキャノピーに手をやった。
淡く光る小さな記録媒体を投げて寄越すと、片手でキャッチしたスタースクリームが鼻を鳴らす。
「まだテメェが持ってたのかよ」
「保険だよ、君が必ず戻る為のね」
スカイファイアーの言葉に、スタースクリームが口角を吊り上げた。
その表情には、あからさまな侮蔑がある。
「どうだかな。洗脳する奴がお前かデストロンかの違いだけだろ?」
その嘲笑を、スカイファイアーは真っ向から受け止めた。
「―――あの頃に戻れれば、どんなに良いだろうと思っていたよ。その為に今の君を踏みにじっても構わないとすら考えていた」
「とんだオトモダチだな」
「全くだ。自分の醜さを見せつけられて、目が覚めたよ」
あの時確かに、最低な自分がいた。
デストロンの手段を悪と断じるなら、あの時スタースクリームに対して行おうとした手段は正義と言えただろうか。
どれだけ知らないふりをしても、あの時抱いていた傲慢さは確かにスカイファイアー自身から出たものなのだ。
弁解は、出来ない。
「私の知らない時間を過ごして今の君がいる事なんて、当たり前だったのにね」
「・・・」
変わってしまったと嘆く前に、何故彼について知ろうとしなかったのだろう。
スタースクリームはずっと覚えていてくれたのに、共に過ごした頃の記憶など殆ど捨ててしまったと思い込んでいた。
自分が消えるかもしれない危険を侵しても、彼はスカイファイアーに固執した。
どんなに些細なデータでも、忘れたくない、無くしたくないと泣いた。
今デストロンであったとしても、スタースクリームである事に変わりは無かったのだ。
スカイファイアーと共に在った頃と、何が変わったというのだろう。
何ひとつ、変わっていなかったではないか。
だから、願うのだ。
「私は頑固で、諦めが悪いから・・・だから、君を諦めない。どれ程の時間を費やしても、君と向き合い続けるよ」
失った時間は戻す事が出来ない。
けれど、未来を望む事は可能だ。
「―――ぐだぐだとくだらねぇ事ばっかり抜かしやがって!!」
それまで黙っていたスタースクリームが、吐き捨てた。
「向き合うだと!?諦めないだと!?スカイファイアー、てめぇ何様のつもりだ!!」
「・・・」
「流石サイバトロンだぜ、偽善者っぷりに反吐が出そうだ。いいか俺はな、お前に同情される謂れなんざこれっぽっちも無ェんだよ!!」
激昂するスタースクリームに、以前のスカイファイアーならただ悲しげに目を伏せただろう。
しかし今のスカイファイアーは、そうやって逃げる事をしなかった。
どれだけ罵倒され拒絶されたとしても、もう知っているのだ。
「同情じゃない・・・君に執着するのは、同情なんかからじゃない」
「何だと?」
「君に執着するのは、君が――――好きだからだよ」
「な、」
スタースクリームの表情から、怒りが抜け落ちる。
唐突に言われた言葉をブレインが処理しているのだろう、アイセンサーを瞬かせる様子に、スカイファイアーはそっと微笑んだ。
「好きだから諦めたくない。それだけだ」
「・・・ッ勝手にしろ!!」
スカイファイアーの言葉に、顔を真っ赤にしたままスタースクリームが飛び去った。
あっという間に空の彼方へ消えてしまう機体を、残されたスカイファイアーはいつまでも見送っていた。
鮮やかな色彩のF-15の光は、すぐに無数の星の中に紛れて判らなくなる。
誰かの作るプラネタリウムに、その星が描かれる事はない。
スカイファイアーだけが知っている、何よりも眩しいあの星。
それを手の内に閉じ込める事は出来ない。思う形に留める事は出来ない。
追いつく事さえも難しくて、今はただ眺める事しか出来ない。
それでも。
その光を、スカイファイアーが失くす事はもうないだろう。
下を見る事をやめれば、諦めなければ。
星はいつでもそこにあったのだと―――――漸く、気付けたのだから。
****************************************************END****
2011.09.03
<あとがき>
手探り連載が、漸く簡潔致しました・・・!!!
まず元々の「スカファの事を忘れてしまうスタスク」ネタを提供していただいたかろさんに感謝。(いつもツイッターで構っていただきありがとうございます)
TFにハマった当初は読み専門のつもりだったのですが(ロボ難しい!とは今でも思います)
スカファとスタスクの関係がもう本当に妄想を掻き立てられましてですね・・・!!!
本来私のキャラ観に於けるスカファは黒い事を自覚している白、なのですが(笑)
今回のコンセプトは黒を『自覚させられる』スカファでした。
リペアチームの扱いがややぞんざいになってしまったのは要反省。
狂言回しな立ち位置のマイスターには愛を込め過ぎましたね。ばればれですみません。
色々穴の多い話ではありましたが、連載途中でも沢山感想を頂けて嬉しかったです。
今後も要精進!!!
イメージBGM: BUMP OF CHICKEN「プラネタリウム」