「ひでぇな」

未だ片付けられる様子の無い室内を見渡すと、サンダークラッカーは煩わしそうにアイセンサーを細めた。

見慣れない巨大な機械は元の形さえ判らない程にひしゃげ、転がっていた。

だが、サンダークラッカーはその装置が何なのか知っていた。

正確には、知らされたというべきか――――それもつい先刻に、だ。

殊更無表情に装置を見下していると、やがて背の空間が歪むのを感じた。

振り返るまでもない、この気配。

 

「―――メガトロン様は、何か仰ってたか?」

「いや」

 

挨拶も無いまま、黒い翼が問いに答える。

「捜索を続けろとさ」

溜息を零し天井を仰げば、ぽっかり開いた大穴から見慣れた蒼い空が見えた。

「・・・・・やってらんねぇなぁ」

「てやんでぃ、お前だけだと思うんじゃねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

 

 

 

 

スカイファイアーの予想通り、デストロンの2を連れてきた事に皆は良い顔をしなかった。

何かあったら責任は自分が持つ、と誓ったものの、新参の自分が持てる責任などたかが知れている。

――――それでも、サイバトロンの司令官は最終的にスカイファイアーの願いを聞き入れてくれた。

有難い事だと、思う。

本来ならば共々叩き出されたとしても文句は言えないのに、それなのに彼は許可してくれた。

形式上は捕虜という事にするからね、と念を押しつつもどこか愉快そうに笑ったマイスターにも、リペアを手伝ってくれた他のものにも――――

感謝は、尚尽きない。

この軍にいて良かったと、スカイファイアーは思った。

「・・・君は、そう思ってはくれないだろうけどね」

リペアを終えて未だ意識の戻らないスタースクリームは、スカイファイアーに割り当てられた部屋にいる。

スカイファイアーに出来る事は、譲ったベッドの上に横たわる彼の様子を見守る事だけだった。

もう目覚めても良い筈だが、アイセンサーが赤く灯る事は無い。

気になるのは、修復作業中にホイルジャックが呟いた一言だ。

 

『奴さんのブレインだが、不自然な接続を試みた跡があるなぁ』

 

ブレイン内のメモリーにアクセスした形跡がある、という事だった。

彼の不調の原因も、恐らくそこから来ているだろうと。

詳しい調査をしたいと申し出た医師の心遣いは有難かったが、何分当人が目覚めない限りは手を施せない。

故にスカイファイアーは、じっと彼の目覚めを待っていたのだ。

微動だにしない機体を前に、ただひたすらアイセンサーの起動を待つ。

期待と不安がない交ぜになったこの感覚を、あの時スタースクリームも味わったのだろうか。

氷漬けの旧友を見つけ、目覚めさせる為の準備を整え。

相手の起動を、ただひたすらに待つ。

スタースクリーム、君もこんな思いをしたのかな。

 

 

「・・・残念だけど、私は耐えられそうにないよ」

 

寂しくて、不安で堪らない。

君は強いから、そんな事は無かったと言うかもしれない。

でも私は弱いから、虚勢を張る事も出来ない。あんな姿の君を見た後なら、尚更。

 

俯いたスカイファイアーが、そのままスタースクリームから視線を逸らした。

丁度ドアをノックする音が聞こえ、慌てて傍へ寄った。

「やぁ」

「―――副官」

隙間からぴょこりと覗いた水色のバイザーが、入っても?と首を傾げる。

断る理由の無いスカイファイアーは、自分の巨躯を一歩退く事で、彼の前に道を開けてやった。

「その様子だと・・・まだ目覚めてはいないのかな」

「ええ、・・・・・・何か、ありましたか」

「何か、という程の事は起きていないさ。そうだな―――今日は良く無骨な鳥を見かける。それぐらいかな」

いつもの笑みを浮かべたまま、マイスターは事も無げに呟く。

しかし彼の言い回しに敏い者は、その比喩が何を表わしているのか直ぐに判る。そしてそれは、スカイファイアーにも判った。

無骨な鳥とは、恐らくデストロンの事だろう。

翼が無くとも空を飛べる能力を持つ彼らだが、やはりその主力部隊はジェットロンだ。

その姿を見かけた、という事は即ちデストロン軍が何らかの目的を持って動いている事に他ならない。

だが。

背にしたベッドを振り返りながら、スカイファイアーはちらりと横の副官を見た。

マイスターがこの部屋に来たのは、恐らくスタースクリームから情報を欲している為だろう。

主力部隊が動いている。しかし、それを率いる航空参謀は今、自分達の基地にいる。

何らかの罠を警戒するのは、軍を預かる立場に在る者としては至極当然の事だ。

最も、スタースクリームが目覚めたところで彼の性格や立場上、素直に話してくれる筈は無いのだが。

義理と後ろめたさにスカイファイアーが俯いたその時、

 

「おや、起きるみたいだよ」

「!」

 

水色のバイザーに隠された視線の先を、スカイファイアーが追った。

す、と譲られたスペースに礼を言う余裕すら無くベッドの傍へと近寄れば、横たわった機体のアイセンサーにはゆっくりと光が灯っていく。

「・・・・・」

「スター、スクリーム・・・」

縋る様な声が、自分でも情けなかった。

背中ではマイスターが極さり気なく愛銃のホルダーへ手を掛けていたが、それ以上の所作は無かった。

咎める理由など、無い。それが当たり前だと理解しているからだ。

ただ今は眼の前の赤い光を見つめていたかった。

「・・・・」

「スタースクリーム、・・・判るかい?」

煌々と光る赤は、覗き込んで来るスカイファイアーを認識すると酷く嫌そうに歪んだ。

「――――――――最悪だ」

舌打ちは強く、それだけ彼の嫌悪が伝わってきた。

上体を起こそうとしたスタースクリームに慌てて介助の手を添えると、腹立たしげに振り払われた。

「随分おせっかいじゃねぇか。サイバトロンってのはどこまで甘ちゃんなんだ」

嘲笑。

いつになく凶悪に笑う彼に、スカイファイアーは唇を噛んだ。

「そうだよ、私が・・・頼み込んだんだ。君を連れて帰って、リペアして貰った」

「頼んでねぇモンに礼言う義理は無ェな」

ふん、と鼻で笑うスタースクリーム。

確かに、スタースクリームはスカイファイアーに何一つ“頼んで”などいない。

俯くスカイファイアーに今一度舌打ちをくれてやると、デストロンの航空参謀はさっさと寝台から降りようとする。

「どけ。こんな所に一秒だっていられるか」

「っスター、」

「テメェの顔を見てるだけで、虫唾が走る」

ぎろりと、毒々しい程の赤がスカイファイアーを睨み上げた。

そこには昨夜見せた不安定な姿など欠片も無くて、故にスカイファイアーは黙る他に無かった。

代わりに口を開いたのは、それまで二人のやりとりを聞き流していたマイスターだった。

 

「成程、君は今デストロンの動きには関わっていない様だ」

「・・・あぁ?」

 

一瞬、スタースクリームの剣呑な態度が止まった。

その奇妙な間を見逃さず、マイスターは笑みを湛えたまま問いを重ねた。

「またくだらない内乱でも起こして、飛び出してきたんだろうと思ったんだけれどね・・・・何を隠している?スタースクリーム」

「・・・・・・何の話だ?」

笑みを浮かべたまま、腹を探り合う。

「航空参謀の地位にある君の、不自然な飛行。翌朝のデストロン勢の動き。君は何をしたんだ?ブレインに何を施した?」

「俺様に尋問するってのか?笑わせてくれるぜ」

スパイしに来てやったんだ、と笑うスタースクリームにマイスターも笑う。

笑ってこそいるが、そのバイザーの向こうではどんな表情をしているか。

くつくつと喉を鳴らしながら、デストロンの航空参謀はだらしなく肘をついて二人を一瞥した。

「・・・・まぁいい、サイバトロン副官殿に敬意を表してやるさ」

「!」

 

これはスカイファイアーにも予想外の展開だった。

昔から我を張る事で有名だったスタースクリームが、素直に相手の問いに答えるというのだ。

今の互いの立場からしても、みすみす自軍の情報を洩らす事などあるまい――――そう思っていただけに、スカイファイアーはマイスターを感心せずにはいられなかった。

 

「デストロンの阿呆共が出歩いてるってのは簡単だ。奴らは俺を探している」

「君を、かい?何をやったんだい」

軽口とて、この二人には他愛のないものなのだろう。

しかしこの雰囲気は、未だ戦中である事にさえ馴染めないスカイファイアーにはもっと息苦しかった。

「やった?違うな、やられたんだ」

とん、とスタースクリームが自らのブレインを指してみせる。

 

 

「メガトロンは俺のパーソナルデータを改竄しようとしたのさ」

 

 

「――――」

スカイファイアーが、息を呑んだ。

パーソナルデータに他者が介入しようとした、その意味は言葉に比べ随分と重たい。人間に例えるならば、誰かが脳を弄ったという事だ。

スタースクリームは相変わらず笑っている。

「裏切り者にいい加減我慢の限界が来たってところか。だがスクラップにするには、・・・俺の能力は惜しい――――結果目をつけたのが、ココってわけだ」

メガトロンらは研究の末その能力を身に付けたが、最初から飛行能力を持つトランスフォーマーに比べればその差は大きい。

スタースクリームはデストロンで最速を誇る機体だ。それをみすみす捨ててしまうのは惜しいと考えたのだろう。

「個人の人格を構成するメモリーに手を加えて、メガトロンに忠実な兵士にする。如何にもデストロンらしい考えだろ?」

「仮にも仲間に、洗脳を施そうとしたわけか」

「少し違うな。このウイルスが狂わせるのはブレイン内のプログラムで・・・デストロンに無用なデータを削除させる為のものだ。メガトロンへの忠誠は後から埋め込んでいきゃいい、それだけさ」

個人を構成する為のデータが減れば、必ず矛盾が生じる。

その矛盾を解消させる特定の存在を刷り込んでいけば、それだけで洗脳は完成だ。

「・・・・全く持って君たちの考えは度し難いね」

いつの間にか、マイスターの表情から笑みが消えていた。

代わりに浮かんだのは、はっきりとした嫌悪感だ。仲間を信頼出来ないデストロンの姿勢が気に食わないのだろう。

だがスカイファイアーにとっては、そんな事はどうでもよかった。

ただ自分を置いて続けられた会話の中身が、あまりにも残酷だった。

言葉を無くし立ち竦むスカイファイアーに代わって、マイスターが幾つか疑問を口にする。

「途中で気付いて、逃げ出したんだろう?なら問題は」

「ウチの情報参謀をあんまり舐めない方がいいぜ?むかつく陰険サウンドだが、そういう方面にゃ抜け目が無ぇからな」

「・・つまり、既にウイルスの侵攻は始まっているわけだ」

「全く・・・有難てぇ話だがな」

「・・・もう一つ、聞かせて貰おう。君が情報を洩らすメリットは?」

スタースクリームの話は、確かに辻妻が合っている。嘘とも思えない。

だが、スタースクリームの話を鵜呑みにする程マイスターも初心では無かった。

情報の提供を求めたのはマイスター自身だが、こうもあっさりと口を割るにはそれなりの理由があると踏んだのだ。

水色のバイザーに問い質され、スタースクリームが嘲笑う。

「・・・考えてもみろよ。俺に使ったウイルスが完璧なら、次のターゲットは誰だ?」

「・・・・・・・・・・成る程ね」

反骨心の塊たる航空参謀が意のままならば、次にメガトロンが銃口を向けるのは間違いなくサイバトロン軍だ。

機械生命体の自分たちであっても、“忘れる”というシステムは存在する。

仲間が互いの事を判らなくなったとして、一体誰が統率出来ようか。

そこへ、誤りである筈の情報を真実として刷り込まれたら?――――サイバトロンは、お終いだ。

嘆息し、マイスターは首を振った。

厄介なウイルスを作った敵軍にもだが、スタースクリームにも呆れを覚えたからだ。

傲慢な程プライドの高いスタースクリームが、こうして自らの身に起きた情報を提供するのはメガトロンへの嫌がらせとみて間違いないだろう。

故に、マイスターは彼の話を真実と受け取った。

「――――司令官に報告するとしよう。スカイファイアー」

「!」

「君はここで『彼』の監視を。こちらの話が纏まったら、連絡する」

軽く手を振り、サイバトロンの副官は退室していった。

後に残されたのは、二体の航空機だ。

 

 

「・・・・・」

「・・・・」

 

 

一切視線を合わせようとしないスタースクリームを、スカイファイアーは見つめ続けた。

リペア後の為表面の傷は全て消えているが、それでもスカイファイアーの胸裏には明け方に見た彼の姿が焼きついている。

弱々しい拒絶。

消えそうな、声。

アイセンサーが点滅するだけで、あんなにも不安を覚えた。

先程マイスターと会話していた姿からは想像もつかなかったが、スカイファイアーは確かに見たのだ。

「・・・スタースクリーム」

「・・・」

 

返事が無い事は、判っていた。

それでも祈る様な思いで手を伸ばすと、今度は振り払われなかった。

安堵し、ぎこちなく笑おうとしたその時、スタースクリームの体が傾いだ。

 

「―――」

「っスタースクリーム!?」

 

咄嗟に抱き起こしアイセンサーを覗き込んだが、そこでスカイファイアーは息を呑んだ。

明け方に見た時と同じ、奇妙な点滅。

そこで気付いた。

彼の言った事は、本当だったのだ。

注入されたウイルスは、作り手の要求通りスタースクリームのブレイン内を浸食している。

ただプライドの高い彼が、悟られまいと余裕を装っていただけだ。

思えば、確かにマイスターとの会話の中で不自然な口籠りがあった。

あの時既に、歪みが起きていたのだろう。

マイスターも、気付いていたのかもしれない。報告は通信でも済むが、彼は態々退室する事を選んだ。

気付かなかったのは、自分だけだ。

「スター、スクリーム・・・・・・っ」

「ぅ、ぁ・・・・・・・・」

掻き抱いた体が、弱々しくスカイファイアーにすがる。

赤い点滅が、酷く不安を掻き立てた。

こんな目をする彼は知らない。1000万年前とて、見た事が無い。

 

 

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