サウンドウェーブは、一人己の領域である情報室に籠っていた。
情報収集能力にかけてカセットロン部隊の右に出る者はいないが、その隊員が総出で捜索に当たっても、例のF-15の姿を捕捉する事は出来なかった。
逃走中らしき痕跡は幾つか発見出来たが、当の機体は見つかっていない。
そして、その痕跡さえも山脈のクレーターを残してふつりと途絶えてしまっているのだ。
宇宙に飛び立ったか、それとも海に落ちたか。
モニターを操作しながら、情報参謀はちらりとタイマーを見遣った。
「・・・」
あの時―――メガトロンの命令を実行し、スタースクリームにウイルスを注入した時から、どれ程経ったか。
スタースクリームを矯正する、と決断したのはメガトロンだ。
幾度となく裏切られ、その度にふてぶてしく命乞いする奴を生かしてきたのはメガトロン本人である。
そのメガトロンが、業を煮やしサウンドウェーブに破壊以外の手段を命じた。
そして生み出されたのが、あのウイルスだ。
パーソナル・プログラムの改竄。スタースクリームという人格を作り上げる部分を、根本的に作り替える代物だ。
我の強さを削り落し、信条に割り込む。無理やり引き剥がした部分には、後からメガトロンへの信奉データを埋め込んでいく。
スタースクリームがメガトロンの為だけに働く様になれば、どうなるか。
今までとは比べ物にならない程、デストロンの勝率は跳ね上がる。それはサウンドウェーブが幾度となく試算し、その度に出た結論だ。
サウンドウェーブにとって、メガトロンの決断は遅いぐらいだった。
最初から、こうしていればいい。奴を惜しまなければ。部下などと余計な気を回さなければ。
今頃奴のブレインは、必死にウイルスと闘っているだろう。
抗う航空参謀の姿を想像しながら、サウンドウェーブはほんの微かに―――――笑った。
3.
マイスターの話では、司令官はスタースクリームの秘匿を許可したという。
アイアンハイドは随分と渋ったらしいが、例のウイルスの脅威を知って漸く承諾したとの事だ。
ただし、必要最低限のメンバー以外に彼の存在は伝えない事。それが決定事項だという。
『クリフに知られた日には―――彼の事だ、勇ましくドアを蹴破ってくるだろうからね』
茶化すマイスターだが、スカイファイアーは笑う気になれなかった。
どれだけ自分がスタースクリームを気遣っても、彼はデストロンの2であり、またサイバトロンの敵なのだ。
そして自分は、彼を裏切ってこちらについた。
スタースクリームにとっては、何もかもが気に食わない筈だ。
事実、己の監視と世話役にスカイファイアーが任命された時は酷く拒絶した。
『冗談じゃねぇ、何で俺がこんな裏切り者に・・・!』
突きつけられた指に、スカイファイアーは俯いた。
その言葉が、今現在の自分達の関係だ。
スカイファイアーがいくら彼を古き友として求めても、スタースクリーム自身は決して認めようとしない。
そんな二人に、通達事項を持ってきたサイバトロンの副官は芝居がかった態度で肩を竦めた。
『スタースクリーム、今の君には何一つ権利が無いと判っているのかな?』
『ッな、』
『忘れて貰っては困る、君は“捕虜”だ。監視役の任命権は我々にある』
『・・・・・・・』
『それとも、血気盛んなうちの赤い連中を任命しようか?君の抱えたエラーを言いふらして、誰か希望者を募っても構わないが』
『・・・・・・・・』
『我々はボランティアでは無いからね。君を放置して、後からウイルスを解明したって構わないわけだ』
『・・・』
押し黙ったスタースクリームを一瞥し、マイスターは意味深な笑みを浮かべてスカイファイアーへ向き直った。
『―――それでは、厄介な相手かもしれないが頼むよ?スカイファイアー』
『は、はい・・・・あの』
『うん?』
『その・・・・・・・・・・』
良いのですか、と訊ねれば良かったのだろうか。
それとも、有難うございますと礼を言えば良かったのか。
結局二の句が紡げず、スカイファイアーは下を向いてしまった。
そんな新人の装甲を軽く叩き、マイスターは鍵の徹底だけ念を押して退室していった。
後に残されたのは、奇妙な沈黙を共有する二人だ。
『『・・・・』』
気の利いた一言さえ出てこない。
やがて永遠にも思えた沈黙は、スタースクリームの嘆息によって終焉を迎えた。
『けっ・・・・・相変わらず、サイバトロンの連中の性格は最悪だぜ』
『!』
世間的に、非道な性格とはデストロン側を指すだろうに。
その航空参謀直々の言葉に、スカイファイアーは何だか吹き出してしまった。
『・・・な、何だよ』
『いや・・・・君が、そんな事を言うなんて思ってなくて・・・すまない・・・』
『・・・・』
笑ってんじゃねぇ、とクッションを投げつけられたのはその直後だった。
一見、スカイファイアーの日常はいつも通りだった。
バンブルやスパイクにこの星の雑学を教わり、パーセプターらと協議し。
マイスターが上手く手配したのだろう、歩哨の当番が無くなった。
デストロンの動きも大人しい様で、出動する様な事態にもならない。
ただ明確に違うのは、割り当てられた己の部屋に旧友の姿がある事だ。
時折ラチェットやパーセプターらが検査に訪れ、ウイルスの侵攻を確かめに来る。
未だ何も効果的な治療方法は見つかっていないが、スタースクリーム自身も何か手段を講じているらしい。
外部記録媒体と己のプラグを繋いで、何度か情報の確認を行っている姿を目にした。
そんな時の彼は大概不機嫌だが、スカイファイアーには嬉しかった。
一時的な状況でしかないと判っていても、錯覚せずにはいられない。
彼がずっと、自分と共にいてくれるかの様な。
属する軍同士の対立など、無いかの様な。
1000万年など、経ていないかの様な。
だから、だろう。
「―――――勘違いしてんじゃねェぞ。テメェはサイバトロン、俺はデストロンの2だ。こんな慣れ合い、一時の事でしか無ェんだからな」
時々スタースクリームが互いの立場を口にする事が、まるで意地悪の様に思えた。
どうしてそんな事を言うのだろう、と。
1000万年など、それこそ自分には一睡の間の事でしかない。
このアクシデントが終わったら、彼はまたスカイファイアーに銃を向けるのだろう。
スタースクリームにとって不本意である筈のこの時間が、スカイファイアー自身にとっては酷く失い難いものに思えた。
例えこの一時の間に、彼の中でウイルスが侵攻していたとしても。
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