夢を見ていた。

機械生命体とて、夢ぐらい見る。ただそれは己の弾きだしたシミュレーション結果や、古いデータがバグによって再生される事を指す。

だからスタースクリームが見ていたものは、間違いなく夢だった。

 

 

 

“紫色の、小さなロボットがいつもうるさくて、『   』とよく喧嘩していた。”

あ?

“『   』だ。黒い翼の、『   』。呆れた顔した『    』が水色だろ?“

色ってお前・・・名前とか、あるだろ

“そうしたら、『   』が俺様を怒鳴りつけやがった。この責任はお前だとか愚か者だとか、理不尽な事言ってて”

知ってる顔だと・・・・・思う。なのに名前が出てこない。何でだ。

“俺は、いつか『     』を倒して、ニューリーダーに・・・・・・・”

誰を倒すって?

 

 

 

 

『スタースクリーム』

 

 

呼ばれて、スリープモードから起き上がった。

アイセンサーに映る、白いやつ。

うなされていたよ、と心配そうにこっちを見てやがる。

なんて顔してんだ、スカイファイアー。

 

 

 

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

『おはよう。今日の日付を地球歴でどうぞ』

『―――1XXX年、XX日』

 

本格的な治療が始まってからのスタースクリームの一日は、規則正しい。

朝と昼にラチェットの問診を受け、パーセプターの検査を受ける。

それらの時間は全て、マイスターとスカイファイアーの立ち会いの下行われた。

必要な監視だが、多忙な筈のマイスターは一度の遅刻もなくやってくる。

そして、スカイファイアーの提出するレポートにざっと目を通す。

 

 

「―――綻びが、大きくなっている様だね」

「・・・・ええ」

合成ガラスで隔てた診察室の向こうでは、面倒臭そうに質問に答えるスタースクリームがいる。

その声に耳を傾けながら、監視役は一つ、息を吐いた。

「現状を忘れて暴れるのはもう慣れたが・・・はは、これは基地の補修費用をデストロンに請求するかな」

「・・・すみません」

大きく焦げ付いて崩れた壁の記録に、マイスターは相変わらずいつものジョークを飛ばす。

常のスカイファイアーならば真に受けて狼狽するのだが、ここ最近彼の様子はおかしい。

バイザーの下でちらりと巨躯を見上げながら、サイバトロン副官は平静を装う。

「ふむ―――記憶がはっきりしていた時間は?」

「昨日一日の合計で、およそ三時間程かと」

「三時間、ね」

思いの外、短い。

デストロンの航空参謀殿は、相変わらずガラスの向こうで子どもの様な問診に答えている。

 

『君の所属組織名と、役職を』

『あー・・・・・・・・・・デストロン、の・・・・・・・・・・・・・・』

『・・・ニューリーダー?』

『多分それだ』

『航空参謀ではなくて?』

『・・・・どっちか・・・・・・・・いや、ニューリーダーの方がしっくりきたぜ』

『・・・・・・』

 

ラチェットも意地が悪い。

くつくつと笑いながら隣の巨躯を見上げてみるものの、やはりスカイファイアーの様子はおかしかった。

かつての友の境遇を悲しむのとはどこか違う、まるでこれは―――――

観察した印象にぴったりの言葉を見つけ出す前に、スカイファイアーが口を開いた。

「―――今朝方、一度起きたんです」

「うん?」

「夢を見ていたらしくて、ここに来た経緯を・・・・一時的に、忘れていた様です」

「・・・ふむ」

では壁の損傷はその時のものだろうか。

手にしたレポートをもう一度確認していると、スカイファイアーは消えそうな声で呟いた。

「“知っている筈なのに思い出せなかった”自分に、苛立って暴れて」

「・・・成る程ね」

 

 

スタースクリームの病状は、当初の予測を遥かに上回るスピードで進行していった。

穴はどんどん拡がり、彼にとっての部下の名前まで、失っていった。

知識は健在だが、それが余計に混乱を招くのだろう。

いつどこで、誰とどんな状況で得た知識なのか。そういったものが欠けて、ただ自分の中でいつ得たとも知れぬデータがある。

知っている筈なのに、知らない。それが何故か判らない。

それは酷く不気味な事だ。

記憶が繋がっているとは、そういう事だ。その結び目を無理やり断ち切ったのが、例のウイルスなのだ。

 

 

「おかしな話だと思いました。彼は、1000万年もの間私の名前を忘れずにいたのに」

「・・・仲間に注入されたウイルスで、比較的新しい筈の仲間の事も掠れてしまったわけだ。・・・忘れていく感覚というものは、我々が思うよりずっと恐ろしい事だろうね」

マイスターの言葉に、スカイファイアーが面を上げた。

常に冷静なサイバトロンの副官は、合成ガラスの向こうを見ていた。

その横顔を見つめながら、スカイファイアーは縋る様に告解した。

 

 

「―――――時折、考えてしまうんです。消えてしまう彼のデータに代わって、別のデータをインプットしたらどうなるのかと」

「・・・・というと?」

「・・・彼が、このままサイバトロンにいてくれないかと」

「・・・・・・・・」

握りしめた白い拳が、震えていた。

マイスターは、スカイファイアーの告解に是も非も告げなかった。

ガラスの向こうでは、つまらなそうに足をぶらつかせるスタースクリームの背中があった。

 

 

 

 

 

 

    * *

 

 

 

部屋に戻ってからも、スカイファイアーはずっと考えていた。

マイスターは何も言わなかったが、あれは間違いなくスカイファイアーの本音である。

人格を無視してまで服従させようとするデストロンのやり方は、どうあっても受け入れられない。

そんな連中の仲間であるスタースクリームとて、憤っていたではないか。

ならばこのまま、彼がこちらにいてくれれば良いと思ったのだ。

デストロンを捨てて、自分の隣を選んでくれたらと。

 

 

「スカイファイアー?」

 

 

外部メモリーに接続していたスタースクリームが、こちらを覗きこんでいる。

「―――どうかしたかい?」

ぎこちなく笑みを作って平静を装えば、スタースクリームは拗ねた様にそっぽを向く。

「・・・テメェがしょぼくれたツラしてっから、気になっただけだよ!」

「そう、見えたかい?」

「・・・・」

鼻を鳴らして、それきりスタースクリームはこちらを見ようとしなかった。

繋いでいたコードを収納し、例の外部メモリーもキャノピーの中に仕舞っていく。

指先よりも小さな記録媒体は、今のスタースクリームにとっての全てなのだろう。

記憶の無い間、自分が何を忘れていたかスカイファイアーに確認し、その補填作業を行う。

外部メモリーと同期する事で、記憶データを補っているのだ。

それでも、補填する傍から彼自身のプログラムがデータを食い荒らしていく。ウイルスが、彼の中を狂わせているのだ。

普通に会話している様に見えても、彼は病んでいる。

そんなスタースクリームを支えながら、失った1000万年を取り戻そうとするのは―――間違っているのだろうか。

 

 

 

 

「君と共にいられたらと、そう思ったんだ。スタースクリーム」

 

 

 

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