「おはよう、スタースクリーム」
覗き込んでくるフェイスパーツを、知っている。
他は曖昧になっていくのに、“これ”は判る。
それが今、酷く安心する。
「朝からご機嫌じゃねぇか・・・・・・スカイファイアー」
5.
最近のスタースクリームは、あまり暴れなくなった。
元々癇癪持ちだったせいもあって、物に当たる癖は直らないが―――それでも、記憶に関して暴れる事は無くなった気がする。
外部メモリーに同期する姿も、あまり見かけなくなった。
その存在を忘れてしまったのだろうか。
気付いて以来、スカイファイアーもまた態々訊ねようとはしなかった。
彼がデストロンに所属して作り上げた1000万年分の人格など、いらない。
だから、興味が無い。
ただスカイファイアーは毎日同じ事を繰り返す。
スタースクリームに問われた事だけを、答える。
彼がデストロンのメンバーらしき人物の事をあやふやに訊ねれば、知らないと言う。
実際スカイファイアーがデストロンにいた時間など、地球時間に例えても一日に満たない。だから、知らないものは知らなかった。
代わりにサイバトロンの事は話した。
信頼出来る司令官、優秀な副官、頼りになる素晴らしい仲間たち。
是非好きになってもらいたいと熱く語れば、研究員時代にとあるレポートを絶賛した時と同じ様に―――やや呆れた顔をされた。
それでもスタースクリームは、スカイファイアーに話を止めさせようとしなかった。
「・・・・そろそろ、行こうか」
話を切り上げて立ち上がれば、スタースクリームが怪訝な顔をする。
毎日同じ事を繰り返していても、”昨日”を覚えていないスタースクリームにとっては知らない日課だ。
「何処に行くんだ?」
「・・・・・・・ひみつ」
そう言ってみたら、蹴られた。
大丈夫、これは私の知っているスタースクリームだ。
デストロンの2になってしまった君では、ない。
* * *
「スタースクリームが、メガトロンを思い出せなかった?」
マイスターの声は、いつも冷静だ。
だからこれは恐らく、確認の為の鸚鵡返しなのだろう。
彼の言葉に、ラチェットが小さく頷く。
「デストロン、航空参謀、どのキーワードにも反応しない。ただ研究資料と言おうか・・・兵器や気象データ、我々と交戦するうちに得た学術知識に欠如は見られない」
「それは矛盾を生む筈だ」
「矛盾を、抱かなくなっている。恐らくあのウイルスは、そういった“己を疑う”とか“気にする”思考を曖昧にさせるんだろう」
おかしいと思うべき事を、思わなくなっている。
最近のスタースクリームが神妙にしているのは、それが原因だろうと。
「スタースクリームが、我々に礼を言うんだぞ?ぞっとするよ。あれは精神上宜しくない。パーセプターが寝込んでしまった程だ」
「・・・・それはそれは」
茶化してはいるものの、パーセプターが強制休眠に入ったのは事実だ。
スタースクリームの症状が始まってから、彼は己の休眠時間を削ってまでウイルスを研究していた。
先程とうとうオーバーヒートを起こした為、ホイルジャックが彼の居室へと担ぎ込んだのだ。
リペアチームの誰もが、ウイルスによって狂ったプログラムを治せずにいる。それどころか、そのバグを停止させる事さえ出来ない。
現状に、何一つ手出し出来ないのだ。
「だが不思議な事に、スカイファイアーの事は比較的覚えているんだ。デストロンに関するデータが抜け落ちているから、前の様に裏切り者と呼ぶ事もない」
「ふむ――――スカイファイアーは?」
「バンブルと共に、町へ資材の調達に行っている」
「・・・・スタースクリームを置いて、かい?」
まだ基地内で、スタースクリームの存在を知らない者は多い。
互いの立場を考えれば当然だ。そもそも匿う事こそが特例なのだが、司令官自身が許しているのだからそれはまぁ、良いだろう。
しかし袂を別った筈の旧友に対し、スカイファイアーは執着し続けていた。
この基地に運び込んできた時からずっと、離れなかった程だ。
だがウイルスの侵攻が早まってからのスカイファイアーは、あまりスタースクリームの回復を願っている様に見えなかった。
マイスターには気に掛かるものがあった。
彼がぽつりと告解した、あの一言。
―――――彼は本当に、それでいいと思っているのだろうか。
後ろめたさを抱えながら、それでも本当にスタースクリームが記憶を失い己を無くす事を期待しているのだろうか。
1000万年をリセット出来ると、思っているのだろうか。
「まぁ、何も動きを見せずに『スカイファイアーが忙しい理由』を信じ込ませるのは無理だろう。私からも、行く様促したんだ」
何も知らない仲間達には、スカイファイアーが現在新しいダイノボットの研究をしていると吹き込んである。
実際はダイノボット達よりもずっと厄介な代物を抱え込んでいるわけだが――――――この提案は実に上手くいった。
「ふむ・・・・・・・・・どうなるのかな、彼らは」
正直なところ、マイスターにとってはデストロンがどうなろうと知った事ではない。
それはスカイファイアーにも一度告げてある事だし、スタースクリームの症状が進んだとて変わる事が無い。
だがもし、スカイファイアーが本気でそれを願っていたとしたら。
からっぽになったスタースクリームに、サイバトロンだという記憶を植えつけるつもりだとしたら。
「・・・」
水色のバイザーに表情を隠し、サイバトロン副官は静かに目を伏せた。
「どうなるか?決まっている。治すだけだ」
いつになく険しい表情の衛生士に、マイスターが面を上げた。
モニター上の、病状の進行を記録するだけになっているカルテを睨みながら、ラチェットは吐き捨てる様に呟いた。
「私もマイスターの意見には賛成している。今だって、デストロンの治療などお断りだ」
「・・・・」
「だが個人のデータの強奪、洗脳などという手段は歓迎出来ない。次に矛先を向けられるのは我々だとか、そんな事ではない。これは最早我々の、矜持の問題だ」
治す者にとって、デストロンの破壊行為は何よりも許し難い。だから手を貸しているのだ。
ラチェットの言葉に、マイスターは口の端だけで笑った。
「――――彼は、気付くかな?」
ラチェットからの答えは無かった。
マイスターも、あえて訊ねようとはしなかった。
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