「ぅ、・・・・・・・・・?」

起動し始めたアイセンサーに、こちらを覗き込む白い顔が映った。

心配し青ざめた表情をぼんやり見上げていると、目の前の唇がゆっくりと動く。

「起きたかい?」

「お前・・・・・・・・・・・」

大柄な白い機体は、スタースクリームの体を支えたまま泣きそうな顔で笑った。

「帰って来たら、君が倒れていたから驚いたよ」

言葉通りなのだろう、少し首を巡らせれば入口からここまでの距離を書類か何かが散らばっていた。

ドアを開けた瞬間、こちらの状態に気付いて抱えていた一切を放り出し駆け寄って来た――――そんなところか。

少しも変わっていないなと僅かに苦笑したスタースクリームが、そこでふと目を見開いた。

目の前の、この機体は。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「スタースクリーム?」

「―――――――スカイファイアー、だよな」

スタースクリームの問いに、名を呼ばれたスカイファイアーの目が瞬く。

「・・・・スタースクリーム?君、どうかしたのかい?」

「・・・・」

『強制終了した事』を、スタースクリームは覚えている。

だから違和感があるのだ。

 

 

 

 

 

7.

 

 

 

 

 

あの時確かに、自分はスカイファイアーの名を忘れてしまっていた。

声も姿も記録にあるのに、名前が無い。

その事にブレインが酷い負荷を覚えて、そのまま意識が途切れた。

なのに今、スカイファイアーに支えられている自分には、彼の名前を口に出せた。

『忘れていた事』が、メモリーに残っているのだ。

喜ばしい様で――――酷く、不気味に思えた。

 

 

「・・・スタースクリーム?君、何か」

「・・・・・・・・何でもねぇ」

同期が一時的に失敗し、バグが生じただけだろう。

その証拠に、今の自分は全て覚えている。

デストロンの事も、自分の現状も―――――スカイファイアーの事も、判る。

楽観的すぎる判断だが、もしかしたら同期を繰り返していたお陰でブレイン内のプログラムが矯正されたのかもしれない。

不自然な強制終了の件だけデータに留め、スタースクリームはそれきり考えない事にした。

未だスカイファイアーがこちらを覗き込んでいるので、いい加減離せと鼻先を弾いてやった。

 

『俺様の名はスタースクリーム』

『デストロンの2で航空参謀、いずれはニューリーダーになる器だ』

『今はくそったれサウンドウェーブのせいでエラーを抱えて、敵対するサイバトロンの世話になっている』

『スカイファイアー』

『白い大型輸送機のデカブツ。1000万年前は同じ研究員だった』

『惑星調査に向かった先でこいつは墜落事故を起こして、以後生死不明になった』

『その後戦争が始まって、この星で俺は再びこいつを見つけた』

 

――――大丈夫だ、覚えている。

念の為検査してもらおう、と煩いスカイファイアーに辟易し彼の腕を振り払えば、逆に有無を言わせない態度で腕を掴み直された。

本人が大丈夫だと言っているのに、この頑固者め。

思い切り辛辣に振り払ってやろうかと思ったものの、前にもこんな事があったなと思い出し一人笑った。

「・・・氷漬けになってただけあって、1000万年前から変わらねぇでやんの」

「!スタースクリーム、君・・・・・・・覚えて?」

驚いた顔に、優越感が増す。

「ああ、俺様が復活させてやったってのに・・・手酷くデストロンを裏切ってくれた事も、な」

皮肉混じりに笑ってやれば、スカイファイアーが口を噤んだ。

傷ついた様な表情も、見覚えがある。論文について酷くけなしてやった時、こんな顔をしていた。

こちらが忘れていた間は、好きに無能扱いしてくれたのだ。これぐらいの仕返しは当然だろう。

そう思ったものの、スカイファイアーが俯いたままなので少し気になった。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・おい」

掴まれたままの腕を、ぶんと振る。

白い手は、離してくれない。

「・・・・・」

「・・・・」

「・・・・・・・」

チ、と舌打ちした。

「――――行けばいいんだろうが、行けば」

「、スタースクリーム」

俯いたままの顔が、少し笑顔になった。

ああ全く、本当に譲らない、本当に頑固者め。

「このスタースクリーム様に譲歩させる奴なんざ、お前ぐらいのモンだぜ?スカイファイアー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタースクリームは、知らない。

彼が強制終了していた間に、何があったのかを。

スタースクリームは、気付いていない。

同期の最中に強制終了したならば、端子や記録媒体がそのままになっている筈だという事に。

スカイファイアーは、知っている。

倒れていたスタースクリームを見つけたのは、スカイファイアーに他ならないからだ。

 

倒れ伏した機体と、長く伸びた端子。繋がれていた、小さな記録媒体。

それらを一瞥しただけで、スカイファイアーは何が起きたのかを理解した。

スタースクリームが、同期した。

この穏やかな日々を覆し―――――デストロンの2たる彼に、戻ろうとしたのだ。

思い出してしまえば、彼はまたあの残忍な航空参謀に戻ってしまう。

1000万年前に失った友を、再び失う事になる。

スカイファイアーにはそれが恐ろしかった。

 

だから、普段の自分とは正反対の行動に出た。

 

震える手で媒体に手を伸ばし拾い上げると、細心の注意を払い端子を抜いた。

自分のスパークが激しく震えているのを感じながら、スカイファイアーは手にした媒体を、己のキャノピーの中に仕舞った。

から、と中でぶつかり響いた音は小さかったが、スカイファイアーには鐘の様に大きく聞こえた。

―――――スタースクリームはまだ、目覚めない。

 

 

 

 

「・・・・すまない」

 

 

 

 

正しい行為である筈がない。

けれど、君に思い出して欲しくない。

腕の中の存在にそっと触れると、小さく身じろぎされた。

 

 

***

 

 

 

スタースクリームは、知らない。

スカイファイアーがスタースクリームに対し、驚いた本当の意味を。

『デストロンの記憶を取り戻そうとした事』を、悲しんでいるのだと。

スカイファイアーも、知らない。

データを同期したスタースクリームの中で、何が起きているのかを。

 

 

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