スカイファイアーの『頼み』に、ラチェットは直ぐに検査機材を揃えてくれた
被験者であるスタースクリームは煩わしそうにしていたが、恐らくそれは寝台に縛り付けられているからだろう。
ぶつぶつと文句を垂れる様子は以前も良く目にしていたものだが、一つ違いがあった。
「―――おい、鬼畜衛生兵」
「それは誰の事だ?外道デストロンの航空参謀」
さらりと言い返しながら、ラチェットは悟った。
この物言いには、覚えがある。
まだスタースクリームが、自身のデータをしっかり持っていた頃に交わした遣り取りだ。
それがさらさらと出てくるという事は、即ち同期をしたのだろう。
毎日スカイファイアーから寄せられる報告では、ここ最近同期していた様子は無かった筈だ。
成る程、今回担ぎ込んできた理由はそれか。
一人納得していると、問いかけてきたスタースクリームがじとりとこちらを見上げているのに気付いた。
何だ、と視線で訊ねれば言い辛そうに唇が躊躇う。
「・・・・スカイファイアーは?」
「スカイファイアー?・・・彼なら、隣の部屋にいるだろう」
いつもの事だろう、そう言い掛けて止めた。
ラチェットの答えに、スタースクリームは安心した様だった。
ほ、と安堵の息を洩らした音さえ聞こえた気がする。
それが何故か、酷く気に掛かった。
「―――問診を始めるぞ。君の所属は」
「デストロン軍2及び航空参謀、次のデストロン軍を率いるニューリーダー様だ。」
いつもと同じ問いに、スタースクリームはすらすらと正確な回答を出した。
同期直後なだけあって、間違いは無い。
淀みなく回答し続けながら、スタースクリームは時折隣の部屋へ続くドアを振り返る。
何度も、何度も―――――まるでスカイファイアーの存在を、確かめているかの様にだ。
彼らしからぬ行動に、ラチェットはこっそりと閉鎖回線を繋いだ。
『マイスター、私だ』
『ラチェットか。・・・・スタースクリームかい?』
流石に、聡い彼は話し方だけで気付いた様だ。
『気になる事がある。手が空いたら来てくれ』
『今、向かう』
数分の後、彼は直ぐリペアルームにやって来た。
8.
「見た限りでは、昨日と変わらない様に見えるが」
どこかのほほんとした問いとは対照的に、ラチェットは重く息を吐く。
「――――スタースクリームの視線が、常にスカイファイアーに向いているんだ」
「熱烈だな」
「茶化さないでくれ。私が言いたいのは、彼のブレインは既にスカイファイアーのデータを失いつつあるんじゃないか、という事だ」
「・・・・」
バイザーが、光った。
「スカイファイアーの報告によると、スタースクリームは先刻同期を行っていたらしい」
「らしい、とは?」
「昼に外出させただろう。その間スタースクリームは一人だった。部屋に戻った時、コードを伸ばしたまま倒れていたそうだ」
「・・・・」
ここ暫くの間、スタースクリームが同期していたという記録は無い。
だが記録媒体の事を思い出すのは、別段スタースクリームの現状でも難しい事ではなかった。
「記録媒体に何か問題が出たとか?」
「かもしれない。それは何も言えない。何せ我々は現物を手にしたわけじゃないからな」
記録媒体自体は、セイバートロンでも極一般的に出回っている。
だが同期を行っただけで強制終了を起こす等という事は、本来あり得ない。
「私が懸念しているのは、同期行為によってプログラムが過敏に反応してしまっているのではないか、という事だ」
「アナフィラキシーショック?」
「似ているが、少し違う」
ずっと、考えていたのだ。
何故こんなにも、進行が早かったのか。
「あのウイルスが判別処理プログラムを狂わせ自己診断機能を曖昧にさせるだけなら、一度感染すれば一定のスピードの筈なんだ」
サイバトロンに匿われる事になった当初、スタースクリームは頻繁に同期を行っていた。
自分の抜けた記憶を確かめる為にそうしていたのだろうが、もし同期そのものが、プログラムの狂いを促進させる為の材料だったとしたら。
人間の抗体は、ごく稀にだが二度目の攻撃を受けた時に抗体が過剰反応し、宿主を死に至らしめるものがある。
狂ったプログラムが急に与えられたデータに反応し、取得し直したデータを残存物ごと潰しにかかっているのではないか―――ラチェットの疑いは、そこにあった。
データを取り返せば、その倍奪われていく。
スタースクリームが記録媒体の存在自体を忘れていたのは、ある意味運が良かったのかもしれない。
同期出来るものの存在を忘れてしまえば、それ以降は一定の速度に落ち着く。
だが存在を思い出せば、彼は間違いなく同期する。
そして、自ら失っていくのだ。
「――――スカイファイアーの事を覚えていたのは、彼の最優先事項だったんだろう。だが今回の同期が、その判別さえも狂わせたとしたら」
「無意識に存在を確かめるのは、その為と?」
「全て仮定の話だ。だが嫌な事にホイルジャックもパーセプターも、この見解を持っていた」
皆、何一つ確証が無いから話せずにいた。
「だとしたら・・・我々は既に投了しているのかい?」
「・・・・」
あれだけ強く“治してみせる”と啖呵を切ったラチェットが、険しい顔のままだ。
有効な治療法は見つかっておらず、進行を遅らせる筈だった同期行為が実は促進させていたなどと。
マイスターは己のバイザーを押し上げ、軽く息を吐いた。
* * *
検査は、やけに時間が掛かった。
お陰でスタースクリームはスリープに入り掛けていて、足元が覚束無い。
スカイファイアーがその体を支えてやらなければ、床と仲良くなっていたかもしれない。
ふらふらと歩くスタースクリームに慌てる半面、苦笑も覚えた。
昔も、こんな事があった。
古いデータにこっそり懐かしんでいると、ふとスタースクリームが口を開いた。
「――――前に、こんな事あったっけな」
「・・・そうかい?」
「ああ。随分昔だ。俺様が新しいエネルギー判別装置を完成させた時だ。
あの時スタースクリームは、随分と開発に心血を注いでいた。
「あの時はよ、何が何でも完成させてやるって思って」
時間が惜しいと、限界ぎりぎりまで作業を続けていて。
「いつもは俺様がてめぇをスリープカプセルに叩き込む役だったのに、俺様がぶちこまれたんだぜ」
そう、いつもはスカイファイアーがそんな無茶を繰り返した。
熱中すると周りが見えなくなるのは、スカイファイアーの方だった。
「・・・覚えているよ」
懐かしさにぽつりと呟けば、スタースクリームもくつくつと笑った。
「俺も、思い出した」
他愛のない記憶だ。
それでも、二人が共にいた時間だった。
「・・・スカイファイアー」
名前を、呼んだ。
「何だい」
応える、落ち着いた声。
その声も、表情も、持てるセンサーの全てで確認した。
「・・・・何でもねぇ」
忘れてたまるか、と内心であの紺色のサウンドシステムに悪態をついた。
スカイファイアーは尚も気になる様だったが、その視線には応えなかった。
この記憶も、それを抱えてきた歳月も。
全て自分だけのものだからだ。
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