9.

 

 

 

 

良く知った機体識別信号をキャッチするのと、腹部に大きな衝撃が伝わったのはほぼ同時だった。

「!!」

アイカメラの照準を調整し外部の情報を探ると、まず目に写ったのはやはり友の顔だった。

衝撃の原因は恐らく―――スタースクリームが己の腹に圧し掛かってきた為、だろう。

「スタースクリーム、」

「・・・」

おはよう、と言い掛けて言葉が止まる。

圧し掛かる機体の排気音が、やけに大きい。

機械生命体ならば通常表面に現れる筈の無い呼吸状態は、即ちそれだけエラーが起きているのだろう。

触れようと手を伸ばせば、思い切り弾かれる。

そうしてマウントポジションを取ったジェット機は、今までに見た事が無い程冷たい目でスカイファイアーを見下した。

 

 

「スカイファイアーは、何処だ」

「・・・え?」

 

 

一瞬、聴覚センサーの誤作動が起きているのかと思った。

もしくは彼特有の、聊か趣味の悪いジョークなのではと。

だがスタースクリームにそんな様子は無く、スカイファイアー自身にもエラーは見られなかった。

「何を、言っているんだ」

思わず呟けば、キャノピーに嫌な圧力が掛かる。

「ッ」

「物判りの悪い野郎だな。『スカイファイアーは何処だ』そう俺は聞いたんだよ!!」

「スタースクリーム!!」

ぱきりと、青いキャノピーに小さな罅が入った。

「私だ・・・私がスカイファイアーだ!」

「何馬鹿な事を言ってやがる。あいつが、テメェだと?クソ面白くもねぇ冗談は、――――」

ゴミを見る様な目をしていたスタースクリームの動きが、一瞬止まった。

その隙を逃さずスカイファイアーが起き上がると、スタースクリームの機体はあっけなく床に転がった。

「うあ、!?」

形勢を逆転された事で、スタースクリームはパニックに陥った。

「っは、離せ!!離せ!!離しやがれ!!!!!」

手当たり次第に暴れられ拳をぶつけられる為、スカイファイアーのキャノピーに入った罅は、大きく幅を広げる。

その痛みに構う事なく、スカイファイアーは必死に腕の中の機体を抱きしめた。

強まった拘束にスタースクリームが怯え、捕獲者を見上げた。

「―――!!」

恐怖に見開かれたアイカメラに、スカイファイアーは出来るだけいつも通りに笑ってみせた。

 

 

「私だ、スタースクリーム。君の、友だ」

「・・・!」

 

 

破損を訴えるエラー音など、今は聞こえない。

いつの間にか止んだ抵抗は、パニックの頂点に達した為だろうか。

こちらを見上げた体勢のままピクリとも動かなくなった機体に、スカイファイアーはゆっくりと拘束力を弱め、代わりにその背をもっと近くへ抱き込んだ。

スタースクリームの肩に己の額を寄せ、そっと翼の表面を撫でる。

駆動音が互いの機体に反響する程、近い。

その音を聞きながら、スカイファイアーはただひたすら腕の中の機体の名を呼び続けた。

 

 

 

 

 

 

「――――――スカイ、ファイアー?」

 

 

呼びかけは、極小さな声だった。

それでもスカイファイアーの聴覚センサーはしっかりとその声を聞き取り、抱き込んでいた機体の顔を覗き込んだ。

見開いた目に冷却液を滲ませたスタースクリームは、友を見上げながら震える声で訊ねた。

「俺、は、いま」

「・・・・」

「おまえが、わからなかったのか」

白い装甲の中でも目立つ、青いキャノピー。そこに入った亀裂を、スタースクリームは震える指でなぞった。

圧を加えられたであろう箇所についた塗料は、スタースクリームの腕と同じ濃い水色をしている。

「おれは、お前を、」

「・・・・スタースクリーム」

 

震える機体を、スカイファイアーはもう一度強く抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

リペアルームに飛び込んできた機体を前に、経緯を聞き終えたパーセプターは確認する様に訊ねた。

「・・・君が目の前にいながら、彼は『スカイファイアー』だと判らなかったんだな?」

「ええ」

手際良くキャノピーの罅割れを埋めていく技師の邪魔にならぬ様、スカイファイアーは深く排気する。

「時間を置いた事で回復した様ですが、その・・・これまでに無い状態だったもので」

「・・・」

落ち込むスカイファイアーに、パーセプターのスパークが軋んだ。

リヘアチームが抱く懸念を今の彼に伝えるのは、酷としか思えない。

それでも、もう限界だろう。

スカイファイアーの話を聞く限り、同期が引き金になっているのは間違いなかった。

そして恐らく、奥ではラチェットとマイスターが同じ結論を持って、スタースクリームに説いているだろう。

 

「――――スカイファイアー、我々は君に伝えなければならない話がある」

 

重い呟きに、スカイファイアーが面を上げた。

自分の一存で話して良いものかと躊躇っていたパーセプターだが、休みなく作業を続ける技師の視線を受け腹を決めた。

「・・・確証が持てないうちは不安を煽るだけだと、黙っていたんだ」

同期が暴走の引き金になるという、推測。

いくら欠けたデータを埋めても、埋める材料に決壊の種を使っていたならばそれは無駄な行為だ。

判別プログラムを修正しても、同期する度に歪みは生じていくのだから。

理論上あり得ずとも、現に起きているならば認める他無い。

スカイファイアーの事も忘れつつある事、今データを復旧させたのはバックアップのお陰にすぎない事。

――――これから、もっと失っていく事が予想される。

 

 

 

 

パーセプターの告解に、スカイファイアーは静かに耳を傾けていた。

話が終わっても暫くの間、白い機体は口を閉ざしたままだった。

やがてリペア作業も終了し身を起こした後に、漸く彼は口を開いた。

 

「罰、でしょうか」

「・・・スカイファイアー?

 

白い機体がぽつりと漏らした言葉に、パーセプターが訝る。

誠実を描いた様なこの大きな友は、どんな時も相手の目を見て話していたというのに。

今の彼は、所業を突きつけられた罪人の様に視線を落としている。

 

 

ウイルスに感染して以来、スタースクリームは確かに『忘れがちに』なった。

それは主にデストロンの仲間の事であったり、敵対するサイバトロンの事でもあった。

軍団の2として必要不可欠なものばかりであり、現在のスタースクリームを構成するに重要な記憶でもある。

それでも、当事者であるスタースクリームに比べスカイファイアーは治療に消極的だった。

戦争に関わるデータが無ければ、1000万年を氷の中で過ごしていた自分と、彼は対等になる。

即ちそれは、互いを友と呼んでいた頃に戻れるのではと。

スタースクリームのブレインが治る事よりも、データを失う彼の方を求めつつあった。

そんな矢先に、今朝の出来事だ。

 

 

「私は、スタースクリームの中からデストロンに関する記憶が消えてしまえば良いと思っていました」

「・・・」

「全て失った後に、サイバトロンの一員だというデータを刷り込んでしまえば・・・あるいは、ずっと一緒にいられるんじゃないかと」

友の不調を、願ったのだ。

私欲にまみれた、傲慢な考えだとは判っていた。

それでも、旧友の非道な振る舞いを認めたくなかった。

だから。

「スタースクリームがこのままデストロンの事を忘れたままならばいいと願った、だから彼の病状は悪化して―――私の事が」

部下や同僚、破壊大帝の事を忘れても――――スタースクリームは、スカイファイアーの事を忘れなかった。

優越感を抱いていなかったと言えば、嘘になる。

1000万年前に行方不明になった自分を、氷塊から見つけ出したスタースクリームはちゃんと覚えていてくれた。

スタースクリームの中でスカイファイアーがどれ程の位置付けにあるのかは判らないが、何かしら特別な存在に思っていてくれたのでは、と。

だが今朝、スタースクリームはスカイファイアーを知らないと言った。

目の前に、ここにいるのに、違うと拒絶された。

忘れられた側がこんなにも苦しければ、意図せず忘れた側はどれ程ショックだっただろう。

呆然としたあの表情が今もアイセンサーに焼き付いている。

 

 

赤い目に冷却液を滲ませた、脅え切った表情。

それがまるで、スカイファイアーには責める視線に思えた。

お前が望んだ所為だと、そう責められている気がした。

 

 

 

 

奥の部屋からマイスターが、ラチェットとスタースクリームを伴い出てきた。

同じ事を聞かされたのだろう、スタースクリームは不安を必死に覆い隠した表情でこちらを見ていた。

知らず己のキャノピーに手をやり、スカイファイアーは息を詰まらせた。

濃い青のキャノピーの中には、スタースクリームの記憶が詰まった記録媒体がある。

 

これから自分は、スタースクリームの中から自分の存在が消えていくのを見守らなければならない。

今から治療法を切り替えたとして、間に合うのかどうかも判らない。

それでも、もう他に道は無いのだ。

次に同期すればもう治る見込みは無い。

 

 

――――わすれてくれればいいと思ったのに、今はわすれてほしくないなんて。

 

 

彼から1000万年分の記憶を奪った対価は、あまりにも皮肉で、残酷だった。

 

 

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