まだ、メガトロンがディセプティコンを結成して間もない頃の話だった。
当時既に戦火は星全域に拡がっており、幾つもの都市がオートボットによって破壊されていた。
恒久に続くと思われた平和の姿など既に無く、あるのはただ瓦礫の山と同朋の死体、そればかりが世界だった。
ただメガトロンが―――彼の名前とその存在だけが、希望だった。
彼は間違いなく指導者に相応しかった。
生き残ったもの達を集め、戦うことを選んだものには自衛の術を教え込み、また争いから逃れんとするものにはその手助けをしてやった。
やがて彼の下には、志を同じくするものが集まりはじめた。
サンダークラッカーやスカイワープは、そうした中の一人だった。

 

 

 

スワロウテイル

 

 

 

また一つ、爆音が響き渡った。
どうやら地上の連中は派手にやっている様で、高くそびえ立っていた外壁は大きな音を立てて崩れた。
なだれ込むメンバーに、サンダークラッカーは上空から援護射撃をしながら笑う。
「やつらの本隊が来る前に、全部叩けるといいな…っと!」
対空砲をぎりぎりで避けながら、相棒はまた笑ってみせる。
「良い的だな、俺達」
「その為にいるんだろうが」

仲間がミッションを完遂出来る様、地上の敵を引きつける“囮”になるのが、自分達の役目だ。

 

この作戦を立てたのはメガトロンだが、立候補したのはサンダークラッカー自身だった。

曰く、羽を持つものが一番向いている、と。

ディセプティコンはオートボットに比べてまだ圧倒的に人員不足であり、必然的にスカイワープもその役目を負うことになった。

 

元々スカイワープは、愛国心から戦いに加わったわけではない。

むしろ成り行きだった。
傭兵時代に上客だったサンダークラッカーに、共に戦おうと誘われたのだ。
しかし噂を頼りに捜し当てたメガトロンは、スカイワープの目から見ると随分頼りなかった。

指導力も判断力もあるが、冷淡さに欠ける。
それがスカイワープの下した評価だった。
今回の作戦にしたって、サンダークラッカーが手を挙げなければ彼はリーダーである自らが囮になると言ったのだ。
危険な役だから、仲間をそんな目に合わせたくないと。

まだこの群れは義憤に駆られ集まった有象無象に過ぎない。メガトロンが指示を出して、辛うじて動いているに過ぎないのだ。

飛行型である上に、戦闘経験もあるスカイワープやサンダークラッカーは、稀有な存在だ。

だから、ある程度は自分の判断で動ける。

しかしもし仮にメガトロンが失われれば、彼の名に集まった者達はただなぶり殺しになるのを待つのみだ。
指導者として動くからには、尻尾を切ることを――犠牲を出す事も、覚悟しなければならない。
メガトロンにはまだその覚悟が足りない気がする。
スカイワープの不満はそこにあった。
皆が信奉するメガトロンという存在を、認め切れないのだ。
いずれこの集団が自警組織ではなく、もっと明確にオートボットに対抗する“軍”になれたなら―――その頃には、少しは自分の不満も減るだろう。
飛んできたミサイルに空中で爆散させ、スカイワープは銃口を地上の敵軍に向けた。

「サンダークラッカー」
「ん?」
「こうしていると、お前の護衛で有機系生物の星に行くのは、悪くなかった」

スカイワープのぼやきに、派手な塗装の同型機は暫しアイカメラを瞬かせた後―――笑った。
「さっさと終わらせるか!」

「…ああ」
一層激しくなった対空砲火に、二羽が空を舞った。

 

 

 

 

 

 

一方同じ頃、メガトロンは施設内の制圧を進めていた。

今回の目的は捕虜として捕まっている者達を救い出す事だったが、対象者は極僅かだった。

生きている者が、圧倒的に少ないのだ。

連中にとって、収容所と処刑場を兼ねたこの建物は、むしろ娯楽施設の扱いなのだろう。

無残に殺された市民達の機体はトロフィーの様に廊下に飾られ、進む度に憂鬱にさせられる。

壁を彩る黒ずんだ染みは、一人や二人の血漿オイルではあるまい。

ある者は撃たれ、ある者は無造作に引き千切られ。

その殆どがただの市民であった事が判る。

組織を作ってから何度もこういった施設を制圧してきたが、助け出せた者はほんの一握りに過ぎない。

義憤に駆られ集まって来た者達を、悪戯に危険に晒しているだけなのではないだろうか――――

そんな疑念ばかりがブレインの思考回路を圧迫するのだ。

「メガトロンさま、サウンドウェーブより通信が入っています」

ランブルの呼び掛けに、思考が現実へと引き戻される。

「繋いでくれ」

サウンドシステムの端末は、すぐに親機へと繋いでくれた。

『こちらサウンドウェーブ。負傷者数名、熔錬炉は破壊成功した』

別働隊を率いていた部下は、ミッションを無事成功させたらしい。

しかし負傷者が出たという言葉に、メガトロンの表情が険しいものへと変わる。

いずれここにも、オートボットの本隊がやってくるだろう。

怪我の度合いは報告されなかったが、あまり時間は無い。

「そのまま離脱、基地へ帰投せよ」

OK,

ぷつりと切れた通信に、それまで交換手を務めていたランブルが面を上げた。

「メガトロンさま」

「ランブル、お前は他の者と共にサウンドウェーブの隊へ合流するのだ。儂は地下を確認してから行く」

「お一人で、ですか」

ランブルの幼い顔に、不安の色が混じる。

その頭を優しく撫で、メガトロンは微笑んでみせた。

「時間は掛からん。まず負傷者を抱えた向こうを優先するのだ」

「――――お早く、お願いいたします」

ぎゅっと唇を引き結んだ小さな機体が、踵を返し走り出した。

 

その足音が遠ざかっていくのを確認してから、メガトロンは地下へ続く階段を下りた。

 

 

 

其処は、これまで確認したどの部屋よりも暗かった。

“誰か”であった筈の機体の一部が無造作に打ち捨てられ、床は血漿オイルが溜まり歩く度にぱしゃぱしゃと音を立てる。

ここにいた者は皆手足をもぎ取られ、苦しんだ末にとどめを撃たれたのだろう。既に動かないその者達に、メガトロンのスパークが軋んだ。

やはり、誰も生きてはいないのだ。

絶望に等しい思いに歩みを止めると、遠くで爆発音が聞こえた。

地上ではまだ戦いが続いているらしい。

もうここに、希望は無い。

早く戻り、仲間を連れて基地へ引き上げねばならない。

重く排気し踵を返した、その時だった。

「!」

部屋の隅で、何かが動いた。

ごく微かな音ではあったが、聞き間違いではない。

警戒し銃を構え直しながら其方を向くと、床と骸の間に埋もれる様にして、『それ』はいた。

メガトロンの存在を感知してか、オフラインかと思われたアイカメラにほんの微かに光が灯る。

淡い青を湛えたセンサーが、緩慢にこちらを見上げた。

 

「せん、せい・・・・?」

 

 

この反乱が起こる前に自分をそう呼んでいた者は、限られる。

その声に、その顔にメガトロンは覚えがあった。

指導した中でも一番優秀だった、その生徒の名は――――

 

「スタースクリーム、か・・・?」

 

僅かに頷いてみせた機体に、メガトロンは駆け寄った。

 

 

 

 

 

    * *

 

 

 

 

 

 

 一方地上では、既に撤退の準備が着々と進んでいた。

オートボットは既に施設を放棄し、あれほど激しかった銃撃戦もとうに止んでいる。

サンダークラッカーは仲間達と合流して負傷者の応急処置、搬送の役目についた。

スカイワープは引き続き上空で哨戒に当たっており、時折地上部隊へ連絡をしていた。

「―――オートボットの妨害電波が、漸く途切れました」

背に掴まっていたフレンジーが、ぽつりと呟く。

今までサウンドシステムの手助けが無くば使えなかった短距離通信が、これで通じる様になったという。

「やっとか」

「これで個々の通信機が使えます」

通信の回復、それは有難い。

だが安堵したその時、スカイワープのアイセンサーが遠方からこちらへ向かう集団をキャッチした。

「・・・通信は直っても、嫌な客が来たか」

オートボットの本隊だ。

どうやら、あまりぐずぐずはしていられない様だ。

フレンジーを下に降ろそうとしたその時、突如スカイワープの個人チャンネルへ通信が入った。

 

『スカイワープ、今何処にいる?!』

 

メガトロンの声だ。

彼にしては珍しく切羽詰まった声に、スカイワープは訝りながら応答した。

「こちらスカイワープ・・・メガトロンか?今オートボットが」

「スカイワープ」

聡いカセットロンは、メガトロンが態々個人チャンネルに連絡を入れた理由を察した様だった。

促されて地上に降りると、フレンジーはすぐに背から降りた。

どうやらオートボットの接近は、彼の口からサブリーダーに告げて貰える様だ。

小さな背中が遠ざかるのを見送りながら、スカイワープは通信に集中した。

 

『―――生存者を見つけた。だが衰弱がひどい』

「基地に連れ帰れ、と?」

『一刻を争う』

「・・・すぐ、向かう」

 

通信を終え、スカイワープは小さく舌打ちした。

メガトロンが自分のチャンネルに連絡してきたのは、間違いなく―――スカイワープの“特殊能力”に頼っての事だ。

だがスカイワープは、己の名にも由来するこの能力を好んではいなかった。

出来れば、使いたくないと思う程に。

それを判っていながら連絡を寄越したメガトロンには苛立ちを覚えるが、彼がこの組織のリーダーである以上従わねばならない。

 

今一度悪態をつくと、スカイワープは瞬時にその場から消え、メガトロンの居場所へと移動した。

 

 

 

 

 

「すまん」

「・・・・」

こちらの心情を憚ってかまず謝罪するリーダーの姿に、スカイワープの苛立ちが再び燻ぶる。

いっそのこと横暴に命令だと言い放ってくれれば良いのに、メガトロンはいつもそうだ。

返事をせず彼の抱えていた“生存者”を一瞥したスカイワープだったが、そこでアイカメラが大きく見開かれる。

「メガトロン、これは」

 

真っ白い機体を、スカイワープは知っていた。

直接会った事は無いが、いつもニュースで華々しく称賛されていた名前だ。

“翼持ち”という同族意識もあって、記憶の隅に留めていたのだ。

その彼が、こんな所で見つかるとは。

否、あり得ない話では無い。

自分達と同じく、オートボットは有能な人材を探している。

あの破壊大帝が、この天才に目をつけない筈が無い――――スカイワープの視線に、メガトロンは沈痛な面持ちで目を伏せた。

 

「・・・・」

ひどく大切なものの様に、メガトロンが抱えていた機体を差し出した。

その機体を受け取ったスカイワープは、黙って任務を実行した。

 

 

 

 

同じ背格好の筈の同族は、ぞっとする程に軽い。

飛ぶ為の翼も、立つ為の足も今は無残にへし折られもぎ取られていた。

残忍なオートボットらしいやり口に憤りも覚えたが、今は感情に振り回されている場合ではない。

二度目のワープの行く先は、地上ではなく――――ディセプティコンの本拠地だ。

 

 

 

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11.09.11

 

 

私だけが楽しいシリーズ、開幕。

スカワの設定は捏造です。初代の設定とか反転されたらこんな感じかなーと・・・

一応メガ→←スタでスカワ→スタの予定です。