戦場に残った仲間達も、無事にこちらへ帰って来たそうだ。
メガトロンによる召集はまだ受けていない為、スカイワープはショックウェーブの処置室に詰めたままでいた。
その視線の先――――寝台に横たわる機体は、未だ目覚める様子が無い。
ボディの汚れは落とされていたが、脚部や主翼には幾つものチューブが繋がれ未だリペアが終わらない事を教えている。
痛々しい傷跡の残る若き科学者の姿を、スカイワープはずっと見つめていた。
2.
「スカイワープ」
通信ではない、生の音声にスカイワープが振り返る。
処置室に入って来たリーダーの姿に、スカイワープは壁に寄り掛かっていた体勢を正した。
彼の機体にまだ戦闘後の生々しい汚れや傷がある事から、真っ直ぐこちらに来た事が窺えた。
「・・・無事お戻りの様で」
「お前が早くにオートボットの接近を察知してくれたお陰だな」
部下の皮肉にも、メガトロンは優しく微笑んでみせる。
「意識は、まだ戻らんのか」
「―――処置中は判らんが、少なくとも俺がいる間はオンラインにはなっちゃいない」
「・・・そうか」
ショックウェーブから既に報告を受けているかもしれないが、スカイワープの言葉をメガトロンが遮る事は無かった。
横たわる機体をじっと見守る、そこに色濃く見える気遣いの色に、スカイワープは気になっていた事を口にした。
「メガトロン、貴方は・・・彼を知っているのか?」
自分の様に、一方的に知っていた風には見えない。
確かに彼は有名な存在だったが、メガトロンがここまで気に掛けるなら―――何か接点があったのではと、そう思ったのだ。
スカワープの問いに、メガトロンは僅かに頷いてみせた。
「元、教え子だ」
最も教えていたのはごく短い間だったが、と付け加えながら、教職にいた男は懐かしそうに話す。
「一番優秀な生徒だった。勉強熱心過ぎてこちらが心配になる程に、な」
「・・・あの収容所にいた事は、」
「――――知っていれば、もっと早く助けに行った」
絞り出す様な声は、メガトロンが必死に感情を押さえた為だろう。
彼の憤りと悲しみを代弁する様に、握りしめた拳がぶるぶると震えていた。
「シティが破壊されたと聞いた時、彼は避難したと思い込んでいたのだ。聡い彼なら、無事に逃げ出せただろうと・・・根拠も無かったのに、馬鹿な事を信じていたものだ」
かつての教え子を瀕死の目に合わせた事を、メガトロンは悔いているのだろう。
もう少し早く助けられたらと、そんな詮無き事で自分を責めているに違いない。
苛立ったスカイワープが何か言おうとしたが、音を紡ぐ前にそれは弟三者に寄って遮られた。
今まで沈黙し続けていた寝台の機体が、起動体勢に入ったのだ。
オフラインだったアイカメラに淡い青が灯り、かちかちと識別センサーが音を立て室内の存在を認識する。
「―――・・・」
「スタースクリーム」
未だ起き上がる力の無い機体は、それでも眩しそうにメガトロンを見上げた。
「――――――――夢じゃ、なかったんですね・・・俺、先生に・・・」
「儂の存在を勝手に夢にするでないわ」
恩師の言葉に、スタースクリームは僅かに笑ってみせた。
だがそれはあまりにも弱々しい笑みであり、彼の衰弱がまだ著しい事を物語っている。
「――――今は休め、スタースクリーム。お前に必要なのは休息だ」
「先生、俺は」
まだ何か伝えようとする教え子へ、メガトロンは諭す様に頬へ触れた。
「ここは安全だ・・・まずしっかり休む事だけを考えろ。良いな?」
まるでぐずる子供を寝かしつける親の様だ。
スカイワープがそんな印象を抱いたとも知らず、視線の先の二人はお互いだけを見つめている。
目を伏せ頷いたスタースクリームの頭を撫でると、そこで漸くメガトロンがスカイワープの方を向いた。
「スカイワープ、儂はこれから会議に出ねばならん・・・すまんが、もう少し彼の付き添いを任せるぞ」
「・・・ああ」
「!」
どうやらスタースクリームは今まで、第三者の存在に気付いていなかったらしい。
驚く機体に、スカイワープは黙ったまま僅かに会釈をしてみせる。
「お前をここまで運んでくれたのは彼だ。―――ああ見えて優しい奴だ。頼るといい」
「そう、なんですか・・・」
「メガトロン、時間だ」
リーダーの紹介にむず痒いものを感じて促せば、漸く重い腰が上がった。
「ではまた来る。・・・良い子でな、スタースクリーム」
「っ俺を、子供扱いしないでください」
その遣り取りは、恐らく彼ら二人の定番なのだろう。
くすくすと笑い合いながら、メガトロンは部屋を去っていった。
その背を見送った後に、青いアイカメラがスカイワープの方へと向く。
ぎこちなく笑んだ表情は、助けられた事への礼と、見知らぬ存在への不安がない交ぜになって作られたものだろう。
「・・・何だ」
ついぶっきらぼうに問えば、スタースクリームは困った様に首を傾けた。
「本当は頭を下げて礼を言いてぇけど・・・上体を起こすも出来ねぇなと思って」
「いらん」
スカイワープにしてみれば、命令されたから動いたまでだ。
とはいえここに彼をショックウェーブに預けた後は、前線に戻るでもなく付き添い続けた自分がいた。
何故そんな真似をしたのかは、スカイワープ自身でも不可解な行動だった。
ただ彼を、知っていたからか。
己の行動を反芻してみるが、やはり明確な理由は出て来ない。
その間も自分を見つめ続けるスタースクリームにいい加減焦れて、大股に寝台の傍へと寄った。
「―――休めと言われただろうが」
「・・・本当に、羽持ちなんだな」
ずれた言葉に、スカイワープの唇がへの字に曲がった。
だがそんなスカイワープに動じる事なく、スタースクリームは笑ってみせた。
「悪い、初めて見るんだ・・・・あの街では、俺以外に羽持ちはいなかったから」
あの街、が何処を指すかなど判り切っていた。
この星で最も美しい街。
そしてその街が生んだ寵児と言われた、白の天才科学者。
サンダークラッカーと外宇宙を回り続けていた自分にさえ、その噂は聞こえていた。
しかしすでに街は失く、スタースクリームの地位も今では過去の一つに過ぎない。
「・・・・メガトロンが来たら起こしてやる。お前は言われた事を実行しろ」
「・・・ありがとう」
急速に、青い光が消えていく。
ただ話をするだけでも消耗していたのだろう、直ぐオフラインになった機体に、スカイワープは暫し考えてから彼の機体に被せられていた上掛けを直してやった。
* *
スタースクリームの機体は、順調に回復していた。
製造年が比較的若い事もあってだろう、既に今は新しい脚部パーツのテスト段階に入り、少しずつ歩くリハビリが始まっていた。
これはショックウェーブも驚く程の回復スピードであり、一度自己修復能力のプログラムを開いてみたいと冗談混じりに話していた。
―――――そしてその間も、スカイワープは彼に付き添い続けていた。
メガトロンに命じられたからというのもあるが、暫くオートボットが成りを潜めている事もあって、基地内の人手は事足りている。
宣言通りメガトロンは何度か時間を見つけてはこちらに足を運んでいたし、そんなリーダーの元教え子という情報が回ったのだろう、サウンドウェーブ達もよく見舞いに訪れた。
騒がしい彼らに当初はスカイワープもいい顔をしなかったが、スタースクリームが受け入れた為、彼らの訪問を容認せざるを得なかったのだ。
「双子はともかく、保護者が煩すぎる」
見舞客が帰った後にそう呟けば、リハビリの準備を始めていたスタースクリームがくつくつと笑う。
「俺は楽しいけどな」
ベッドサイドの柵に掴まり、危なっかしく立つ姿をスカイワープは注意しながら見守る。
「―――右足首の関節がちゃんと曲がっていない。連中に調整してもらうべきだ」
「いや、これは俺が曲げ切れなかっただけだ・・・“自分で言いに行く”さ。ちょっと手ぇ貸してくれ、まず行きたい所がある」
スカイワープの介添えを受け、スタースクリームは歩き出した。
極ゆっくりとした歩き方である事と、本来背負うべき“羽”が無い事を除けば、彼の姿は完璧に見えた。
それはスカイワープがかつて目にしていた、ニュース番組の向こうの彼の姿と、良く似ていた。
「・・・」
「どうした?」
遠い存在だと思っていた。
自分は雇われの外宇宙護衛で、向こうは星の未来を担うと謳われた寵児だ。
特に憧憬を抱いていたわけではないが、それでも今目の前にいるのが不思議な気分だった。
「・・・何でもない」
「変な奴だな」
屈託なく、スタースクリームが笑った。
保護されたあの日以来、彼はスカイワープに心を許している様だった。
恩師であるメガトロンが信頼している事と、同じ“羽持ち”である事が、安心させたのだろうか。
スカイワープはサウンドウェーブの様に、明るく話し上手な性分とは言い難い。
むしろ黙って部屋の隅に佇んでいる事が多い。
それでもスタースクリームは、スカイワープと目が合う度に、青いアイカメラを和ませるのだ。
それが、スカイワープには理解出来なかった。
「で、何処に行きたいんだ」
「先生の所だ」
「―――なら右だ」
左に向かおうとしていたスタースクリームにそう告げれば、彼は白い筈のフェイスパーツを真っ赤にしていた。
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2011.09,14