介添えを受けやってきた教え子の姿に、メガトロンは驚きに満ちた目でこちらを見つめている。

「―――スタースクリーム、こんな所まで来ては」

「これもリハビリですよ、先生」

悪戯っぽく笑うスタースクリームだが、まだ小言を言い足りないらしくメガトロンが嘆息した。

「スカイワープまで巻き込んで・・・お前は相変わらず儂を驚かせる事が好きな様だな」

「反省文とレポートが御所望で?」

そんなやりとりに、彼らがどういう師弟関係を築いていたのかが窺える。

スカイワープが僅かに口角を緩ませると、それに気付いたスタースクリームだけが照れた様に笑った。

「冗談はこれぐらいにしときます。先生、俺は頼みがあって来たんです」

「何?」

「俺を、―――――――この組織の一員に加えて下さい」

その言葉は、スカイワープにとっても予想外のものだった。

 

 

 

 3.

 

 

 

 

 

 

「・・・・スタースクリーム」

手にしていた器材を置き、メガトロンが静かにこちらへ歩み寄る。

先程まで漂わせていた親しい雰囲気は一変し、ディセプティコンのリーダーらしい、険しい表情がスタースクリームを見据えた。

その変化に動じる事なく、若い白の機体が背筋を伸ばして続ける。

「助けられたからには、その御恩を返したいんです。まだ何が出来るかは判りませんが、だけど」

「儂はお前に恩を売りたくて助けたわけではない」

「そんな事は思っちゃいません!」

思わず強まった語気に、スタースクリームは自分でも驚いた様だった。

だが更に言い募ろうとした彼を、メガトロンは首を振る事で制した。

「お前が他の星へ避難したとしても、誰も文句は言わん。選ぶ道はいくらでもあるのだ」

「・・・」

「もう少しで主翼も新しいものが出来ると聞いたぞ。まず機体を万全にせよ」

励ましに項垂れたスタースクリームが、見るからに肩を落とし部屋を後にする。

その背に続きながら、スカイワープは一度だけリーダーの姿を振り返った。

 

 

 

* * *

 

 

 

どうにも、解せない。

スタースクリームの足首の調整に付き合いながら、スカイワープは静かに先程のやりとりを振り返っていた。

メガトロンの態度が、どうしても引っ掛かるのだ。

 

―――何故メガトロンは、スタースクリームがディセプティコンに加入する事を躊躇うのだろう。

 

日々勢いを増すオートボットに比べ、ディセプティコンは常に劣勢だ。

スタースクリームには、科学者としての実績がある。

実戦にそれが適用されるかは判らないが、仮に実戦向きでなかったとしても、後方支援として貢献出来るだろう。

人材不足に苦慮するメガトロンにとっては、断る理由のない申し出だ。

機体のリペアは順調に進んでいる。彼自身の持つ自己修復機能が優秀なこともあって、予想より早いぐらいだ。

不備を理由に断るには、理解し難い。

 

結局メガトロンも、教え子可愛さに巻き込みたくない等と思っているのだろうか。

 

そして気に掛かることは、もう一つあった。

スタースクリームがディセプティコンへの加入を希望する事は、スカイワープにとって聊か予想外だったのだ。

いや、全く想定していなかったわけではない。

彼の世話を任され観察し続けた結果を踏まえれば、そう言い出す事はおかしくなかった。

おかしくは、なかったのだ。

それでも驚いたのは、彼が―――――――

 

 

 

唇を引き結んだところで、ちょうど調整が終わったのだろう、足首の動きを見ていたスクラッパーが面を上げた。

「よし、これでちょっと動かしてみてくれ」

「・・・ん、悪くねぇな」

言われた通りに足を曲げたり伸ばしたりしながら、スタースクリームが微笑む。

スクラッパーの手を借りて壁伝いに歩いてみるが、先程の様に引き摺る事も無くなっていた。

「新しいパーツだから、馴染むまで時間はかかるかもしれないが・・・また引き摺る事があれば調整するからな」

自分の作品を満足そうに眺めながら、スクラッパーが笑う。

片付けに入っていたミックスマスターも、隅で立っていたスカイワープをちょいちょいと呼びつけると、サプライズだよと声量を落として告げた。

「“真っ白殿”の羽も、今スカベンジャーが仕上げに入ってる。明日には装着テストが出来るだろうよ」

基地に運ばれてきた時、スタースクリームの羽は既に根元からへし折られていた為原型が無かった。

その為最初に処置を行ったショックウェーブは、スカイワープの羽から設計図を起こしたのだ。

「・・・俺の設計図で、きちんと飛べるとは思えないが」

「同型機だろう?」

驚くミックスマスターに、寡黙なジェットロンは僅かに首を振る。

「特性が違う。足以上に調整は慎重にした方がいい」

 

一般のトランスフォーマーには判らないのかもしれないが、飛行型はそれぞれの特性が違う。

特にスカイワープの持つ特殊能力は、他の機体には持ち得ないものだ。

翼は、本体の全てを経験している。

仮に同型のサンダークラッカーと自分の羽を付け替えたとしても、普段通りには飛べないだろう。

 

「そんなもんかね。・・・まぁ、何にせよ明日だな」

「何かあったら言ってくれ。そんじゃ俺達は失礼するよ」

多忙なリペア人員はそう言って、部屋を去って行った。

その背を見送ってから、未だ足の様子を確かめていたスタースクリームを寝台へと“連行”する。

珍しく素直に従った彼は、上体を起こしたまま何やら脇に置いていたファイルを広げ始めた。

 

「――――何だ?」

「先生の纏めた、変形機構に関するレポートだ。さっきスクラッパーに借りた」

 

暇を持て余していたスタースクリームに配慮して、態々持ってきてくれたのだろう。

この辺りの機転は、スカイワープには真似出来ない事だ。

かといって、サウンドウェーブの様によく判らない雑音の塊を見舞い品として寄越されるのも御免だが。

「先生の専攻外だった筈なんだけどな。凄い情報量だ」

「そうか」

落ち込んでいると思われたスタースクリームも、どうやら今は機嫌を持ち直している様だ。

熱心にレポートを読む様子に、スカイワープはふと疑問を口にしてみようかと思った。

 

 

怖いんじゃなかったのか、と。

 

 

恐らく――――――知っているのは、スカイワープだけだ。

メガトロンは知らないだろう、助け出されてからのスタースクリームの、一面。

スリープモードに入っている時の彼は、時折酷くうなされるのだ。

呻き声ばかりで殆ど聞き取れないが、拾える単語はどれも恐怖を訴えるものばかりだ。

オートボットに監禁され、処刑を待つばかりだった彼が連中を恐れる事は、最もだ。

否、もしかしたらメガトロンはそれを見抜いた上で渋ったのだろうか。

まだまだ、考察が足りない。

 

 

何にせよ、全てはスタースクリームが万全になってからだろう。

そう考えを纏め、スカイワープは静かにいつもの立ち位置へ戻った。

 

 

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2011.0920