翌日スカイワープは、到着した物資の仕分け作業を手伝っていた。

少し前までは避難希望者が行っていた仕事だが、先日アストロトレインが新しい避難先を確保した為出て行ってしまった。

そうなればレジスタンスとしてのディセプティコンは、基本的に人手不足だ。

しかしスカイワープは、他者が煩う程この作業が嫌いではなかった。

コンテナの中身を分ける作業は確かに単調だが、考え事をするにはもってこいの時間でもある。

昨日の出来事を反芻させ、何度も考察を繰り返す。

ぱたぱたと走り回るフレンジーの足音を聞きながら―――寡黙なジェットロンはぽつりと呟いた。

 

「スタースクリームが、ディセプティコンの加入を希望している」

 

フレンジーの足が、一瞬だけ止まる。

「・・・そうですか」

「どう思う?」

「メリットは、大きいでしょうね」

淡々と続く言葉の遣り取りは、互いの視線が交わる事さえない。

それでも自分達は不仲というわけではなく、むしろ良好な方だ。

機体の種類やサイズが違っても、まるで背中合わせで語る様な安心感がある。

互いに饒舌な性質ではない。故に、静寂が常にある様な話し方が好ましかった。

「戦う意思があるならそれだけでも充分戦力になるでしょう・・・・ただでさえ、僕たちには人手がないので」

「確かにな」

コンテナを見て、スカイワープは笑った。

沈黙を取り戻し、作業に集中しようとしたスカイワープだが、それを遮ったのは意外にもフレンジーの方だった。

「スカイワープ」

「どうした」

「空を」

促されるままアイカメラを窓に向け、そこで彼は信じられないものを目にした。

周囲に太陽の無いセイバートロンの、濃紺の星空に浮かぶ白い機体。

ジェットパック等ではない、自前の翼で飛ぶそれが誰かなど、判り切っていた。

驚き立ちつくすスカイワープに、フレンジーは彼の手をくいと引っ張り我に返らせた。

「後で戻ってきてください」

「・・・ああ」

たったそれだけの言葉が何を示すのか、スカイワープには判っていた。

 

 

 

 

4.

 

 

 

 

物資搬入所から外に出るまでは、然程時間は掛からなかった。

階段を駆け上がり地上に出たスカイワープを待っていたのは、同じく白い機体を見て集まって来た基地の野次馬達だ。

空を見上げ歓声を上げる者たち、そして自分達の仕事に満足げに頷いているコンストラクティコンチーム。

暗く淀みがちな基地の中で、久々に皆が笑顔で上を向いていた。

 

――――かつてクリスタルシティは、あの若き科学者を街のシンボルに掲げた。

勿論彼自身の比類なき努力と功績もあってだろうが、地上型にとって彼の姿は確かにまばゆいものだっただろう。

藍色の空に映える真っ白な機体に、同じ翼を持つスカイワープとて、見上げずにはいられないのだ。

それ程、スタースクリームの姿は人目を惹いた。

 

やがてスカイワープの姿に気付いたのだろう、白い機体は空中で鮮やかに一回転すると、ゆっくりと目の前に降り立った。

「何だ、帰ってきてから驚かせようと思ってたのに」

悪戯っぽく笑うスタースクリームに、スカイワープは唇の端を僅かに吊り上げた。

「充分驚いた」

その答えに、満足そうにアイカメラが細まった。

メガトロンと遣り取りをする時に見せる表情だ、と気付いたがそれを告げる義務はスカイワープには無かった。

代わりに主翼に視線を遣れば、上機嫌なスタースクリームはくるりと回ってみせる。

「いい仕事だろ?」

ショックウェーブは、スカイワープの翼から設計を起こしたと言っていた。

後はローカル・サテライトに残っていた映像情報を元に、スタースクリームの翼は本来と全く変わらない姿で新造された。

コンストラクティコンチームの技術力は確かだ、それはスカイワープも認めている。

だが――――

「もう少し調整は慎重な方がいいと思うが」

ただ翼を背負えば、また元通りに飛べるわけではないのだ。

それは同じ飛行型、それも同型であるスタースクリームも判っている筈だ。

だが慎重なスカイワープに対し、スタースクリームは楽観的に笑っていた。

「それだけ連中の腕が確かって事だぜ?一通り飛んでみたが、何も問題は無かった」

「・・・」

杞憂ならば、それで構わない。

新しい翼を機体の一部と認識した当人が問題ないと言うならば、それで良いのかもしれない。

嘆息を納得と受け止めたのか、スタースクリームはもう一度微笑んでみせると、今度はじっとスカイワープを覗き込んだ。

「ええと・・・それでな、頼みがあるんだが」

「何?」

言い淀む姿は、あまり見た事がない。

スカイワープの視線に、スタースクリームは時折目を逸らしながら、告げた。

「その・・・機体はもう完全に修復して貰っただろ?だからな、・・・クリスタルシティに、行きたいんだ」

「!」

彼の口から出たのは、意外な言葉だった。

夜ごと魘される程辛い記憶となったあの街の名を、彼が口に出来るとは思っていなかったのだ。

「昨日借りた資料には、先生が纏めた変形能力について記してあった。もしシティにこの分野の研究データが残ってるなら、回収して役立てたい」

だから行かせてくれ。

スタースクリームの懇願に、スカイワープが静かに問う。

「―――何の為に、だ?

「・・・俺が、この組織に入る切り札にしたい。先生は嫌がってたけど、加入を認めざるを得ない知識があれば・・・と思って、よ」

そこまでしてディセプティコンに加わりたいのか。

そう言いかけけたものの、発声回路につながる前に思考は削除した。

言わずとも、判っている事だ。

「・・・お前も、反対するのか?」

拗ねた様に顔色を窺うスタースクリームに、スカイワープは聊か返答に躊躇った。

 

本音としてはフレンジーと同じく、スタースクリームの加入は歓迎したいところだ。

しかしディセプティコンのリーダーは、メガトロンだ。

上司たるメガトロンが渋っている以上、下手に本音を告げてスタースクリームを刺激する事は控えた方が良いのではないだろうか。

だが、今彼がディセプティコンのメンバーではない以上、押し留められるのは『元教師』の間柄であるメガトロンだけだ。

そして今メガトロンは、ここにはいない。

翼が修復され、本人も事実を受け止め前へ進む事を望んでいる。

ならばそれを阻む理由は、スカイワープには無かった。

メガトロンはいい顔をしないだろうが、その程度だろう。

 

「―――俺は何も言わない。肯定はしないが、否定もしない」

「なんだよそれ・・・」

「お前が何をしようが、危険の及ばない範囲なら黙認するって事だ」

スタースクリームにとっては、聊か意外な答えだったらしい。

ぽかんと口を開けた天才は、やがてすぐにあの悪戯っぽい笑みへと変わった。

「先生には内緒にしてくれるよな?」

「聞かれなかったら、な」

 

 

 

ジェットを吹かせ、スタースクリームは再び空に舞い上がった。

忽ち藍色の空の彼方へと消えて行く白に、未だ残っていた野次馬達は再度歓声を上げて見送る。

同じ様に空を見上げていたミックスマスターも、ほぅと感嘆の声を洩らしながらスカイワープの隣へと立った。

「速いな」

「ああ」

「お前より速いんじゃないのか?スカイワープよ」

「・・・かもな」

静かに笑うと、渋いねぇと背中を叩かれた。

やがて野次馬達もコンストラクティコンチームも基地に戻り、スカイワープだけが其処に残った。

フレンジーが通信を入れるまでそうしていたのだから、随分長い事――――佇んでいた事になるのだろう。

謝罪を交えながら彼の元へ戻れば、手伝う筈だったコンテナの仕分けは既に終わっており、スカイワープは更に頭を下げる羽目になった。

 

 

    * *

 

 

 

 

「スカイワープ」

廊下で呼び止められ、スカイワープは直ぐに振り返った。

そろそろ来ると――――そう、予測していたのだ。

誰の声かなど判別するまでも無く、視線の先にはリーダーと仰ぐ男がモノアイの部下を伴い立っていた。

「メガトロン・・・何か、問題が?」

「スタースクリームが部屋におらん。一緒では無かったのか」

「生憎だが」

一応しらばっくれてはみたものの、心配そうなリーダー殿とは対照的にショックウェーブには全てお見通しの様だった。

「スカイワープ、勿体ぶるな」

「何?」

モノアイを点滅させて笑う元精神科医に、メガトロンは不思議そうに両者を見比べている。

「メガトロン様、スカイワープは嘘をつきません。ただ質問はダイレクトな方が良い」

かつての職業柄か、ショックウェーブは相手の本質をとても良く理解している。

彼の言葉通り、確かにスカイワープは嘘という卑怯な選択を嫌っていた。

故にスタースクリームの問いも、嘘をつくのではなくはぐらかす道を選んだのだ。

押し黙るスカイワープに、メガトロンは僅かの間に言葉の裏を見抜き質問を率直なものへと変えた。

「・・・・スカイワープ、スタースクリームは何処だ?」

「・・・」

せめてスタースクリームが戻るまでは持ち堪えたかったが、そうもいかなくなった。

肯定も否定もしない、それはつまり止めないが、庇いもしないという事だ。

一つ溜息を零し、スカイワープは真っ直ぐにリーダーを見た。

「――――クリスタルシティだ」

「何だと?」

途端、二人の纏う空気が硬質なものへと変化した。

穏やかな光を保っていたショックウェーブでさえも、メガトロンと顔を見合わせ何事か真摯に囁き合っている。

「すぐ、連れ戻さねば」

「診察室を空けておくべきでしょうか」

「頼む」

聊か大袈裟に思える二人の態度に、スカイワープが訝る。

一体何をそんな過保護になる必要があるのだろうか。

足も翼も完全に修復され、しかも向かった先はただの廃墟だ。

「―――あいつがお子ちゃまじゃない事ぐらい、判っていると思うが」

「判っている。だがまだ早いのだ」

「シティの跡地を見る事が、か?向き合うのは悪い事じゃないだろう」

「・・・・詳しい話はまた後だ。今は連れ戻す方が先だ」

いつになく真剣な表情のメガトロンが踵を返した、その時だった。

 

『メガトロン様、こちらサンダークラッカー』

 

タイミング悪く入った通信に、メガトロンが呻いた。

哨戒当番のサンダークラッカーが連絡を入れてくるという事は、定時である証拠だ。

「サンダークラッカー、すまんが今は」

普段は労いの言葉を掛けるメガトロンだが、今はそんな余裕も無いらしい。

だが送信者にこちらの事情は伝わっていないらしく、代わりにつらつらと報告が続けられる。

 

『・・・で、・・・です。・・・は異常無し。あと情報屋の話では、ここ二三日前からクリスタルシティの跡地にボッツの姿があるとか』

 

「――――――!!」

三者のアイカメラが、驚愕に見開かれた。

最悪のタイミングで、最悪の報告だ。

通信先はこちらからの返答が無い事を訝り何度か呼び掛けてきたが、生憎誰もそれに応える暇が無かった。

「メガトロン様、如何します」

指示を求めるショックウェーブに、メガトロンは動揺しつつも外へ向かおうとする。

「すぐ隊を編成し・・・・いや、それでは間に合わぬ・・・儂が、」

だがその肩を掴んだ者がいる。スカイワープだ。

「間に合わない。俺が行く」

「スカイワープ、だが」

「いえメガトロン様、スカイワープの能力なら――――」

ショックウェーブの言わんとする事を即座に理解し、スカイワープはその場から消えた。

 

 

 

 

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2011.10.23