基地からシティの跡地に到着するまでは、然程遠くなかった。
勿論それはスタースクリームの基準であり、例えば他の飛行型ならまだ中程といったところだろう。
「・・・・」
前方に捉えた都市の上空には未だ黒煙が立ち上っており、その下を想像するだけでスパークが痛んだ。
5.
望んでいた情報は、思っていた程手に入らなかった。
その事実はスタースクリームを落胆させるには充分なものであり、また彼を施設内に留まらせる理由にもなった。
何せこの施設内に残っていた資料の大半は、メガトロンが独自に調べ纏め上げたレポートに載っていたものと然程変わりないのだ。
――――これでは、基地に戻りメガトロンを納得させる事など出来はしない。
せめてもう少し、何か他の有益な情報を得られれば。
その思いが、スタースクリームを施設に留まらせる理由になっていたのだ。
フロアを移動し、また別の研究室へと足を踏み入れる。
迎え入れる者も、学会前で苛立つ者もいない。出張で不在の時の様に、どの研究室もしんと静まり返ったままだった。
ただ不在時と違うのは、部屋の主達はもう戻る事が無いという事だけだ。
デスクに置かれたマグは、中のエネルゴンがすっかり冷えて固まっていた。
ほんの少し、口をつけただけなのだろう。床には“別の誰か”が取り落としたと思われる、割れたマグと散った中身が染みを作っている。
「――――」
いつも受付にいた事務員も、ほんの少し気の荒い同僚やおっとりした上司も。
もうここには、誰一人として存在していない。
情報保管機から己のコードを引き抜きながら、スタースクリームは深く項垂れた。
当たり前だと思っていたものは全てあの日全て崩壊し、どれだけ求めてももう戻りはしないのだ。
滲み出した冷却水に、スタースクリームは固く目を瞑って堪えた。
泣き声を洩らす代わりに深く排気し、漸く面を上げる。
未だ煌々と光る電子モニターは情けない自分の姿を映していて、
「!!?」
背後に潜んでいた存在に気付いた時は、既に遅かった。
飛びかかられた勢いのまま強かにモニターに叩きつけられ、エラーに一瞬意識が飛ぶがすぐ痛みと共に引き戻された。
アイセンサーに捉えた襲撃者は、スタースクリームを押さえつけたままにまりと口角を吊り上げ嘲笑っている。
「よう、久しぶりだな天才」
「ッ、ぐ・・・!」
誰かなど、問う必要は無かった。
圧し掛かる機体の腕に記された紫のインシグニア、それが全てだ。
――――オートボット。
必死に抗うスタースクリームであったが、元々飛行型は接近戦に向いていない。
ただでさえ、科学者だったスタースクリームには戦闘経験など無いのだ。
圧倒的不利な体勢に立たされ、抵抗と呼べるものは声ぐらいしか残っていなかった。
「っ畜生、離しやがれ!!」
「沢山可愛がってやったのに、薄情なもんだぜ」
ぞろりと聴覚センサー近くを舐め上げられ、スタースクリームの機体が跳ねた。
「お、前・・・・・」
この感覚には覚えがある。
こちらを覗き込む赤いアイセンサーの輝きといい、それはスタースクリームにとって思い出させるのに充分な引き金であった。
周りは禍々しい赤とオレンジの火に囲まれ、けたたましい笑い声と銃声があちこちから聞こえる。
悲鳴は市民のものだろうか、前方に積み上げられた死体に慄き後ずされば、主翼が何かにぶつかった。
振り仰いだ其処には、あの“使者”が立っていた。
『見るといい、この有様を。君が招いた事態だ』
『そ、んな・・・・・』
『破壊大帝の誘いを断るとどういう事になるか、良く判っただろう?』
狂気と、暴力と、死。
与えられるのはそれだけだ。
指で示された先には、幾人かにぐるりと銃口を向けられた市民の姿があった。
うわ言の様に命乞いばかり繰り返す市民を、ボッツ達は笑いながら撃ち殺した。
『やめろォオオ!!!!!』
無慈悲な殺戮に悲鳴を上げたスタースクリームに、使者は優しく肩に触れながら尚囁く。
『可哀相に、君が頷きさえすればこのシティはこんな目に遭う事は無かったのに』
『ちがう・・・ッ俺は、こんな・・・』
全て、自分が招いたというのか。
震え出したスタースクリームを、使者は静かに見下ろしていた。
やがて彼は周囲の掃討に当たっていた幾人かを呼び寄せると、スタースクリームを一瞥し告げた。
『破壊大帝はクリスタルシティの天才を、生かして捕えろと仰せだ・・・しかしただ捕えただけではつまらない。少し遊ぼうじゃないか』
この世のありとあらゆる絶望を、彼に与えてやろう。
そう言って引き摺られた体は、群れの中に簡単に閉じ込められた。
「あ・・・・・」
震えだしたスタースクリームに、オートボットは殊更機嫌を良くした様だった。
捕虜収容所だけではない、この男はその前から――――クリスタルシティ崩壊の時から、いたのだ。
あの時真っ先にスタースクリームに触れたのが、この機体だった。
収容所に連行された後も、何かと理由をつけてスタースクリームに関わって来た。
ディセプティコンが収容所を破壊しに来た時、他の連中と同じく倒されたものだとばかり思っていたのに。
惑乱しアイセンサーを明滅させるスタースクリームに、ボッツは酷く楽しげに文句を言う。
「あの時お前が連れて行かれちまったもんだからよ、代わりに仲間がオプティマスに処刑されちまったんだぜ?酷い話だ」
「や、めろ・・・」
「ああ、『あの時』もそう言ってたな」
「嫌だ!!やめろ離せ!!!」
「ッ!!」
感情の暴走のまま腕を払い暴れれば、排気パイプの集中した部分に当たったらしく背のボッツが一瞬よろめいた。
その隙に部屋を飛び出し、一番近いテラスへと走る。
空へ出れば、逃げ切れる―――その思いだけがスタースクリームを突き動かしていた。
だが逸る気持ちとは裏腹に、踵部のジェットは中々点火しない。
「逃げられると思ってんのかよ!!」
「―――!」
既にボッツは不意打ちから復活し、こちらへ猛然と向かって来ていた。
漸く点火したジェットに、スタースクリームは急ぎ地面を蹴る。
だが空に舞い上がった直後、奇妙な音が響いた。
「!?」
それが何か認識する間も無く、機体は気付けば地面へと叩きつけられていた。
受け身を取る事も適わず、痛みに呻くスタースクリームが目にしたのは、信じられないものだった。
見覚えのある、真新しい白。
今朝取り付けたばかりの己の片翼が、目の前に落ちているのだ。
テスト飛行時も、基地からシティへ飛んできた時も何ら違和感は無かったというのに。
“もう少し調整は慎重な方が良い”―――そう呟いたスカイワープの声が、ブレインサーキットに木霊する。
「――――そん、な」
呆然と外れた翼を見つめるスタースクリームに、砂利を踏みしめる音がやけに大きく響いた。
振り返れば、そこには先程のオートボットが酷く邪悪な笑みを浮かべ立っていた。
『あの時』と同じ、逃げる手段さえ失われた自分。
「ぅあ、・・・―――――」
冷却水が頬を伝い落ちて行く。
偽りの熱情報に惑わされ、システムが作動したのだ。
けたたましいエラーがブレインを埋め尽くし、現在の視覚情報を遮断していく。
メモリーバンクの奥底にロックされていたログが、強制的に吐き出される。
赤と、オレンジ。火の海。爆発。悲鳴。笑い声。銃声。
撃ち抜かれ、倒れる影。
嬲る様に手足を押さえつけた、
そして覆いかぶさる、
微動だにしなくなった機体を前に、ボッツは暫し逡巡した。
つい先程までは活きの良い所を見せて楽しませてくれた筈なのに、眼の前の機体は最早震えながら涙を流すだけだ。
まるで、壊れたガラクタの様に。
「・・・まぁ、いいか」
抵抗されないなら、楽で良い。
自分の仕事はこの科学者をオプティマスに引き渡し見逃してもらう、ただそれだけなのだから。
そう思い手を伸ばした時だった。
「!?」
目を離していたほんの一瞬の隙に、獲物が消えたのだ。
驚き思わず周囲を見遣ると、先程までは確認出来なかったトランスフォーマーの姿を宙に捉えた。
真っ白い同機を抱えた飛行型の翼には、自分とは異なる形のインシグニアが描かれている。
「お前ッ!!!?」
「煩い」
無愛想な一言と共に、闖入者は躊躇い無く発砲した。
狙撃はスパークの位置を正確に撃ち抜いており、動力を失った機体はあっさりと瓦礫の中へと崩れ落ちる。
相手が完全に停止したのを確認してから、闖入者―――――――スカイワープは、静かに腕の中の存在を見遣った。
「スタースクリーム、無事か?」
「・・・、・・・」
見た所、翼以外に損傷している様子は無い。
だが状況を考慮し、スカイワープは即座に基地へと飛び立った。
限界値までジェットエンジンの回転数を上げれば、確かに速度は増す。
しかし翼に独特の負荷が掛かる上に、今は普段とは違うものを抱えている為本来の速さは出せない。
小さく舌打ちした後に、スカイワープは自らに課している“誓い”を破った。
腕の中の機体と同型でありながら、自分しか持ち得ぬ能力の行使。
それは、本日にして二度目の事だった。
飛び続けながらワープを数度繰り返せば、先刻出てきたばかりの基地がすぐに見えてくる。
地上で待機しているのは、よく知るモノアイの機体と、もう一人。
「・・・」
メガトロンの姿を確認すると、スカイワープは直ちに着陸態勢に入った。
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2011.11.13