処置室のランプが灯って、随分な時間が経っていた。

未だ開くことのない扉の横で、スカイワープは壁に寄り掛かったまま動かずにいた。

 

 

6.

 

 

 

しゅん、と音がした。

スカイワープがゆっくりと見遣れば、スタースクリームとは違う白を基調としたボディが、薄暗い廊下でぼんやりと光っているのが判る。

メガトロンだ。

処置室から出てきたリーダーは、部下の姿を認めるや軽く排気して容態を伝えた。

「―――大きな破損はやはり翼だけだ。今は・・・眠っておる」

「『眠らせた』の間違いだろう?」

「、」

スカイワープの指摘に、メガトロンのアイセンサーが揺れた。

しかしそれで止まる事なく、スカイワープは問い質した。

「ただ破損箇所をチェックするだけなら、こんなに時間は掛からない筈だ」

最初から、疑問に思っていた事がある。

何故最初にスタースクリームを救った時――――メガトロンは、コンストラクティコンチームではなく、精神科医であるショックウェーブに彼を預けたのか。

あの時メガトロンは確かに、スカイワープにこう告げたのだ。

直ちに基地へ戻り、ショックウェーブに処置を頼めと。

ショックウェーブは有能だ。それはスカイワープも認めている。

だが彼の本業は『精神科医』であって、リペアは副業に過ぎない。

基地にはコンストラクティコンチームもいたというのに、重傷者である教え子を『精神科医』に任せるのは、聊か不自然ではないだろうか。

否、メガトロンにとってショックウェーブでなくてはならない理由があったとしたら。

そう考えれば、全て納得がいく。

 

「―――クリスタルシティを、見てきただろう」

押し黙っていたメガトロンが、不意に口を開いた。

「あれはセイバートロン星にとって最も美しく有名な都市だった。故にオートボットは攻撃の標的にしたのだと―――儂はそう思っておった」

「メガトロン、俺が問いたいのは」

そんな事ではない。

そう告げようとするスカイワープを、メガトロンはあえて一瞥する事により遮った。

「あの街は、スタースクリーム一人の判断によって滅ぼされたのだ」

「・・・どういう事だ」

 

 

 

メガトロンの口から語られたのは、許容し難い事実だった。

スタースクリームの下に訪れた、オートボットの“使いの存在。

断った直後に齎された、破壊と虐殺。

見せしめの為にと、ただそれだけの理由で連中は都市を一つ滅ぼしたのだという。

そしてスタースクリームには、その全てを目撃させた。

彼の尊厳を粉々に打ち砕く、最も残酷なやり方で。

 

 

 

「――――捕虜になった後も、陵辱は続いた。いずれオプティマス・プライムの手で処刑されると判っていて尚、連中は彼を弄んだのだ」

薄暗い地下室に閉じ込め、翼も脚も破壊し逃げる術を奪い、苦痛を与え続けた。

生き残った者をわざと目の前で甚振り、スタースクリームの言動一つで生死を分ける振りをした。

愚直に要求を呑んでも、結果は常に同じ事が起こる。そうやって精神さえも食い潰していったのだ。

「・・・・知っていたのか?」

黙って聞いていたスカイワープが、そこで初めて口を開いた。

部下の問いに、メガトロンは静かに首を振る。

「詳細はショックウェーブが記憶回路にアクセスして、初めて知った」

信頼する精神科医の報告は、自分の想像などよりもずっと残酷だった。

「あまりにも惨い事実だ。スタースクリーム一人で背負うには辛すぎる」

「それで、“封鎖したのか」

記憶回路の一部に人為的なロックを掛け、記憶データを閉じ込める。ショックウェーブならば、それが可能だ。

本人の意思無く記憶データに干渉する事はあまり褒められた行為ではないが、メガトロンはあえてその処置を選んだのだろう。

スタースクリームを順調に回復させる為の判断としては、確かに間違っていなかった。

「――――貴方が彼のディセプティコン入りを渋っていたのも、それが原因か」

「・・・戦いを選べば、嫌でも連中の姿を目の当たりにする。出来る限り刺激を与えたくなかったのでな」

 

かつて彼を教え導いた身として、せめて守ってやりたかった。

スタースクリームの身に起きた事は不幸だが、たった一人で背負うべき罪ではない筈だ。

出来る事なら遠く余所の地に逃れ、辛い事など忘れて幸せになって欲しかった。

しかしそんなメガトロンの思惑は、ボッツによって虚しく崩れ去った。

先程ショックウェーブが発見したのは、凍結させていた記憶回路を無理やりこじ開けた跡だった。

思い出してしまった事は、もう間違いないだろう。

 

「・・・・」

他に問うべきものを失い、スカイワープは口を閉じた。

メガトロンもまた疲れた表情のまま、それ以上語る事は無かった。

夜の沈黙がそのまま二人の間に降り、空気が変わったのはそれから暫くした後の事だった。

 

 

 

「メガトロン様」

 

 

廊下に一筋、明かりを零す様にしてショックウェーブが扉を開ける。

面を上げた二人に対し、モノアイの医師は静かに告げた。

「スタースクリームが目覚めました」

「・・・・うむ」

促されるまま、メガトロンは再び処置室へと入った。

スカイワープから見えるのは、ショックウェーブの肩越しの――――治療台に横たわるスタースクリームと、その傍に立つメガトロンの姿だけだ。

何を話しているのかは、この位置からでは聞き取れない。

「・・・」

踵を返す機体に、扉に立ったままのショックウェーブが声を掛ける。

「スカイワープ」

「・・・」

「顔を見せてやらないのか?」

「意識は戻っているんだろう」

「ああ」

「ならいい」

素っ気無い回答に、医師がモノアイを点滅させた。

「・・・何処へ行く?」

「哨戒に」

黒い機体は振り返りもせず、やがて廊下の薄暗さに紛れ見えなくなる。

遠ざかる足音だけが辛うじて聞こえていたが、それさえもしじまに包まれ消えていった。

「――――」

ショックウェーブのメモリーに間違いが無ければ、本来スカイワープの哨戒当番はもっと早い時間だった筈だ。

誰かに当番を代わってもらってまで待っていた癖に、いざ意識を取り戻した時には会わないのか。

スカイワープの消えた廊下を今一度振り返り、ショックウェーブは静かに排気した。

 

 

 

 

 

 

    * *

 

 

 

 

 

 

歩を進めながら、スカイワープは静かに少し前の記憶データを振り返っていた。

宛がわれた部屋で彼と交わした、何気ない会話の事を。

 

 

『俺を、知ってるのか?』

少し驚いた顔は、同型なのにやけに幼く見えた。

『サテライトで良く聞く名前だったからな』

外宇宙に出る仕事ばかりで、故郷の星に寄る事はあまり無かった。

それでも毎度称賛と共に上がる名前は、いつの間にか覚えてしまったものだ。

ニュースで見る顔は常に自信に満ち溢れていて、機体色と相まってひどく眩いものに感じた。

あの頃は実物に会う事など、考えもしなかった。

しかし今現在、クリスタルシティの天才はスカイワープの目の前にいる。

彼と言葉を交わして感じた事と言えば―――――

『実物は・・・・思っていたよりも口が悪い』

スカイワープとて上品とは言い難いが、天才と持て囃される白の科学者はメディアの向こうと現実とでは聊か印象が異なる。

素直に答えたつもりだったが、目の前で横たわる機体は何が可笑しかったのか、アイカメラに冷却水を滲ませる程笑っていた。

 

 

「・・・・」

スタースクリームに対して、スカイワープはマスメディアの向こうに映っていた時と大分印象を改めた。

白い天才科学者は、よく笑った。

拗ねた表情も見せたし、感情を隠そうとしなかった。

だがロックされていた記憶を取り戻した今、彼が同じ様に笑うとは思えない。

重く排気した、その時だった。

腕に仕込んでいる通信装置が、淡い緑色に点滅していた。

コールサインにスイッチを入れると、ショックウェーブの落ち着いた声が伝わってくる。

『スカイワープ、少し困った事態になった』

「何だ?」

『少し目を離した隙に、スタースクリームがいなくなったんだ』

メガトロンが離れた直後の事だという。

「・・・・判った、探す」

『すまない、頼んだぞ』

――――まるで子守だな。

内心そう自嘲しながら、スカイワープは再び歩き出した。

幸いな事に、心当たりなら幾つかあった。

 

 

 

 

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11.11.23