本来ならこの時間に、ラボに灯は入っていない。
それでも明かりが廊下に漏れているという事は、誰かが中にいる、という事だ。
音を立てる事無くドアを開けると、そこにはスカイワープの予想通りの顔があった。
熱心にキーを叩き、モニターに拡大させては値を細かく調整していく。
その横顔がこちらに気付いていないと判ると、スカイワープは軽く扉を叩いて注意を向けさせた。
「!―――スカイワープ」
驚きに見開かれたアイカメラが、やっとこちらを見る。
処置室から逃げ出したという脱走者――――スタースクリームは、一見いつもと同じ様に見えた。
7.
「安静にしろと言われている筈だが」
無表情にそう問えば、白い科学者は肩を竦めておどけて見せる。
「そう細かい事言うなって。誰だって寮を抜け出して夜遊びする経験ぐらいあるだろ?」
「・・・・」
今までに何度か彼の笑顔を見た事はあるが、そのどれとも違っている。
笑顔というには余りにも憔悴していて、ただ口角を上げているだけにしか見えない。
スカイワープが睨むと、そのぎこちない笑みはたちまち萎んでいった。
――――――一先ず、確保した事を“保護者”に伝えねばならない。
そう思いつつ室内へ入ると、煌々と光っていたモニターがスカイワープの目に留まった。
優美な形を描いた設計図は、恐らくスタースクリームがシティで入手してきた“自分の翼”だ。
傍へ寄り確認すれば、恐ろしい程の情報量が書き加えられている。
そのままコンストラクティコンチームに渡せば良いものを、何故スタースクリームはデータの書き換えまで行っているのか。
疑問が顔に出ていたのだろう、面を上げたスタースクリームと目が合うと、白い機体はぎこちなく笑ってみせた。
「前に検査した時のデータが残ってたんだ。ついでに改良しようと思って、よ」
「・・・別に今でなくとも良い筈だ」
スカイワープとしては、率直な意見を述べたつもりだった。
メガトロンやショックウェーブが心配しているのは事実だし、幾らなんでも事を急いている様に見えてならない。
だがスタースクリームは、緩く頭を振って呟く。
「今じゃ無いと、駄目なんだ・・・何かしてないと、気が紛れなくて、だから」
「・・・」
キーを叩く手が震えている事に、スカイワープは気付いていた。
視線を追ったスタースクリームもそれに気付いたのか、背の後ろに回す様にして己の手を隠した。
誤魔化す笑顔は歪そのもので、この期に及んで何故笑顔を作るのか、スカイワープには理解出来なかった。
「そこまでして、ディセプティコンに入りたいのか」
片翼を失うというアクシデントは仕方ないが、スタースクリームはたった一体のオートボットにさえ勝てなかった。
勿論今日見たものだけで彼の戦闘力を判断するのは間違っている。
しかし今のスカイワープにとって、スタースクリームは戦闘要員としてカウント出来ない。
視線だけで雄弁に語る黒い機体に、スタースクリームは弱々しくアイセンサーを瞬かせた。
「入りたい。でないと俺は・・・・・・・・・・前へ、進めない」
「・・・・」
恐らくスタースクリームにとっては、独り言に近い呟きだったのだろう。
か細い声に、スカイワープのアイセンサーが一度だけ瞬いた。
やがてモニターに照らされる二体のうち、不意に黒い方が踵を返した。
徐に傍のがらくたを引き寄せると、その上に腰を降ろしてこちらを見据える。
お目付役の不可解な行動にスタースクリームは戸惑った表情を見せたが、それきりスカイワープが動く気配はなかった。
「・・・スカイワープ?」
「―――何かしないと気が紛れない、そう言っただろう」
勿論本来ならば、スカイワープにはこの白い機体を連れ戻す必要があった。
メガトロンやショックウェーブが過保護に扱う理由も理解したし、自分自身もそうする方が良いと思っていた。
だが今本人が、彼らの庇護下に戻る事を望んでいないと言うなら。
「・・・」
黙するスカイワープに、スタースクリームは暫し戸惑っていたもののやがて小さく笑んだ。
「また俺達、共犯だな」
憔悴した笑みではあったが、先程の作り笑顔よりはずっとましだった。
「・・・元々俺は『探す』とは言ったが、『連れ戻す』とは言っていない」
一応閉鎖回線でショックウェーブに確保した旨は伝えたから、無用な混乱は避けられるだろう。
最低限の義務だけこなすと、それきりスカイワープは通信を完全にシャットアウトした。
* * *
作業を続けるスタースクリームの姿を、スカイワープはじっと見守り続けた。
手を休める事無く働く白い科学者の横顔は静かなもので、キーを叩く音や器具を扱う音だけが部屋に響いている。
改良を加えた設計図は既にパーツを成形する機械に読み込まれ、ゆっくりと時間を掛けてモニター上のデータから形あるものへと作り替えられていく。
時折その過程を眺めているスタースクリームの背には今、白い主翼は片側しか背負われていない。
既に彼が両足と翼を失った姿を目にしているというのに、スカイワープにとっては今の姿の方が痛ましく思えた。
原因は恐らく、彼のアイカメラに映るもののせいだろう。
“詳細”を覚えていない頃のスタースクリームはひたすらに無邪気で、若い学生の様に溌溂としていた。
だが今の彼は、己の経験した全てを思い出している。
背負ってしまったものの重みを感じているからこそ、こうも一心不乱に動いているのだろう。
「スカイワープ、ちょっと手を貸してくれるか?」
「・・・・ああ」
こうして己の機体を作り変えていく事は、トラウマを抱えても尚立ち向かう事を選んだ証拠だ。
重荷に耐えかね蹲り動けないものとている中で、スタースクリームは這いずってでも前に進む事を選んだ。
―――――その強さが、好ましいと思った。
「で、ここのケーブルをそっちに・・・・スカイワープ?」
「こうか」
指示された通りにケーブルを繋げれば、スタースクリームが僅かに呻く。
「ッ、・・・・・右側の二番目、回路が上手く繋がってない」
「どうすれば良い」
「多分左に寄ってるから、そうそれ・・・よし。・・・っはは、流石に重いな」
新たに搭載されたブースターの重みによろめく機体を、スカイワープは無言で支えてやった。
「歩けるか」
「ん・・・循環ケーブルに問題は無いし、脚部ジョイントも今ん所正常だ。けどバランスも変わったし、ちょっと様子見だな・・・“慎重な方が良い”だろ?」
前にスカイワープが言った言葉を真似てみせ、スタースクリームが笑った。
腕を借りて立つ姿は、既に昼頃目にしていた姿とは大分かけ離れている。
ただ真っ白な装甲と、赤いライン。そして淡い青のアイセンサーだけは変わっていない。
新しいスタースクリームの姿をメモリーに記録していると、ふと腰を降ろしていたスタースクリームがこちらをじっと見つめている事に気付いた。
物問いたげな視線に何だとぶっきらぼうに促せば、器具を弄りながら躊躇いがちに訊ねてくる。
「――――お前さ、自分の能力・・・嫌い、だったよな?」
「・・・ああ」
同型機も、他の仲間も決して持ち得ないイレギュラーな能力。
羨ましがられる事もあるが、スカイワープは己の名にも由来するこの能力を疎んじていた。
明確に伝えた事は無いが、恐らく他の誰かから聞いていたのだろう。
話題にして良いものか戸惑いながら、スタースクリームは続ける。
「でも、お前は俺を助けるのにその力、使った・・・・よな」
「ああ」
「何でだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その問いに、スカイワープは即答する事が出来なかった。
指摘されるまで、考えた事も無かった。
確かに、ボッツの収容所から彼を運ぶ時はメガトロンからの明確な”命令”があった。
だが、あの時は違う。嫌いな筈の能力を使ってまで、助けたかったのだ。
自分の、意思で。
「―――――お前を助ける為に、必要だと思った・・・・・その為なら、誓いなどくそくらえだと、」
導き出した答えはしまりが無く、サウンドウェーブに哲学家などと呼ばれる自分にしては随分と拙い。
それでもスタースクリームは納得し、笑ってくれた。
「そっか」
ありがとな。
柔らかな笑みは、まだリハビリ療養中の頃に見せてくれたものと同じ笑顔だった。
そこで初めて、スカイワープは自分が安堵している事に気付いた。
もう見られないかと思っていたスタースクリームの笑顔は、見ているとスパークの奥をじんわりと温める。
その感覚を何と呼ぶのかは判らないが、今はただ―――――――
あの時の自分の判断は間違っていなかったのだと、そう思った。
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2011.11.27