翌日、ディセプティコンの主立ったメンバーが集まる会議が開かれた。

今後について話し合う重要な会議であり、スカイワープも勿論出席が義務付けられていたのだが、予定時刻になっても彼が現れる事は無かった。

訝るメガトロンではあったが、ショックウェーブに促された事もあり予定通り会議は始まった。

オートボットの動向調査報告、その対策に避難民の新しい受け入れ先。

アストロトレインが提案した画期的な輸送案に、皆が拍手した――――その直後の事だった。

会議室の扉が開かれ、不在だったスカイワープが現れたのだ。

目に見て判る程、自らの機体に改造を施したスタースクリームを伴って。

 

 

 

8.

 

 

 

「一体何の真似だ、スカイワープ」

皆が動揺する中、一番に冷静さを取り戻したメガトロンが険しい顔になる。

言葉はスカイワープに向けてこそいるが、その視線が向くのは、無論スタースクリームの方だ。

重武装化された機体は間違いなく、戦う為のものである。

スタースクリームが星外へ避難する事を希望していたメガトロンにしてみれば、その姿は到底歓迎出来ないものだろう。

だがメガトロンの言葉に対し、スカイワープは黙ったままである。

他のメンバーが成り行きを見守る中、先に口を開いたのはスタースクリームの方だった。

「スカイワープは悪くありません。俺が、自分でやったんです」

「スタースクリーム、儂は」

咎めようとするメガトロンを、スタースクリームは視線で制した。

「お願いがあります。・・・俺を、ディセプティコンに入れてください」

真っ直ぐな声が、会議室に響く。

「一度断られた事は、覚えてます。俺も自分が何の役に立つのか判りませんでした。――――けど俺は、ちゃんと自分を取り戻しました」

事情を知らぬ他の者達には、スタースクリームの言う自分とは翼の事だと思うだろう。

だが相対しているメガトロンそしてスカイワープ、ショックウェーブには別のものを指している事だと判る。

確かに、最初にディセプティコン加入を希望した時と違い今の彼は何ひとつ欠ける事無く自分を取り戻していた。

「その話は後でも構わんだろう、今は」

「いいえ、今だから話します。こうでもしなきゃ貴方は俺の話を聞いてくれない。そうでしょう?メガトロン様」

悪戯っぽく周囲に視線を巡らせるスタースクリームに、メガトロンは一層険しい顔をした。

他のメンバーが集まるこの場で志願されては、メガトロンも無碍に断ったり曖昧に濁す事が出来なくなる。

成り行きを愉快そうに見守っているサウンドウェーブの姿に気付き、ディセプティコン・リーダーは漸く謀られた事を悟った。

スタースクリームは尚も自らの戦う意志を訴え続け、場の者皆がそれに耳を傾けている。

 

それらを見守りながら、スカイワープは一人スタースクリームの“演技力に感心していた。

昨夜の、記憶に怯え憔悴し切った表情はどこにもない。何処から見ても、愛国心に燃える若き科学者の姿だ。

事情を知る者には、昨日の今日で克服できる筈が無い事は判り切っている。

視線を感じアイカメラを向ければ、同じ感想を抱いたのだろうショックウェーブがこちらを見ていた。

 

「――――お願いです。例えどんなに微力でも、俺は俺の持つものを惜しみたくない。それでまた仲間を失う結末なんて、尚更嫌です」

「・・・・」

昨晩、何処かで聞いた台詞だ。

殊更無表情を装ったスカイワープを、スタースクリームは一度だけ振り返り笑った。

その笑みにどう返したものか考えあぐねている間に、白い機体は再びメガトロンへと向き直っている。

「だから俺は俺の出来る事をします・・・いえ、させて下さい」

俺を使ってください。

頭を下げ懇願するスタースクリームに、一同がしん・・・と静まり返った。

一瞬の静寂、そして直ぐに万雷の拍手が巻き起こる。

口笛を吹いたのはサウンドウェーブだろうか。サンダークラッカーをはじめアストロトレインさえも微笑を湛え、手を打っている。

多数決で言うならば、スタースクリームのディセプティコン入りは可決されたも同然だ。戦闘員たる皆が認めてしまった以上、長と言えどメガトロンが覆す事はもう出来ない。

ディセプティコンはオートボットの反乱に対抗する為に集まった自警組織であり、軍隊の様な完全縦系統ではないからだ。

席を立ち皆が歓迎する中、スタースクリームもまた礼を述べ一人一人の握手に応じている。

ただ一人、メガロトンだけが苦い顔をしたまま。

 

 

 

 

    * *

 

 

 

 

会議が終わり、皆が退室した後の会議室にはスタースクリームとメガトロンが残った。

否、正確には彼ら二人が“残された”のだ。

去り際にサウンドウェーブが『後はお二人でごゆっくり』云々と茶化していたが、生憎今の会議室には重苦しい空気が横たわっている。

重大な違反をした生徒と、それを咎める言葉を考えあぐねている教師――――まさしくそんな空気だ。

何度目かも判らない溜息を零すメガトロンに、スタースクリームはおずおずと問う。

「・・・お怒りですか」

「・・・」

先程演説をしていた人物と同じとは思えない程、スタースクリームの声は弱々しかった。

メガトロンは相変わらず苦い表情のままで、こちらを見ようとはしない。その様子に一層、スタースクリームが落ち込んだ。

こちらを見ないのは、恐らくスタースクリームの今の姿を見たくないからだ。

教え子が戦う為に纏った装甲を、武装を認識したくないのだろう。

反対されると判っていた癖に、こうして視線を避けられるだけでスタースクリームのスパークがちりちりと痛んだ。

「メガトロン様、」

「――――お前は充分苦しんだ筈だ。何故辛い道を選ぶのだ」

ぽつりと問われた言葉に、スタースクリームが面を上げた。

メガトロンは、こちらを見ていた。

真っ白い機体の到る所に改造を施し装甲を重ね、戦闘の為に作り替えられた姿をじっと見ていた。

その視線が自分を気遣ってのものだと、スタースクリームには判っていた。

判るからこそ、辛い。

「・・・苦しんでなんか、いないんですよ」

「スタースクリーム?」

演技する事をやめてしまうと、声は耳障りな掠れたものにしか聞こえなかった。

「ご覧になったんでしょう?俺の記憶・・・体験した事を」

出来るだけ軽く言おうとしたのに、震えが止まらないせいか一層滑稽な音になってしまう。

誤魔化して笑みを作るものの、取り出した記憶データがエラーを生じさせた為全く以て上手くいかない。

「俺だけ安穏を手に入れるなんて、絶対許されないんです。俺が、シティの人達を、ころしたのも、同じ、だから」

「スタースクリーム、止せ」

メガトロンが手を伸ばし、制止を促す。

教え子が今口にしている事は、メガトロンにしてみれば触れさせたくない傷そのものだ。

塞がり掛けた傷口を、スタースクリームは自らこじ開けている。

だがメガトロンの制止に、白い機体は首を振って続けた。

「―――俺が強制終了したら、その度に捕虜をころすってあいつら言ってたのに。言われたのに、俺は何度も落ちたんです。全員の相手をしなきゃいけなかったのに、」

「言うな」

「俺が拒絶したらその分殺すって言われたのに、俺は耐え切れなくて、だから連中は俺の目の前で、」

「スタースクリーム!」

話を断ち切る様に、メガトロンが叫んだ。

「もう、良い」

「・・・っ」

スタースクリームを抱き寄せると、メガトロンは静かに告げた。

「お前は助かったのだ。――――永らえた生に感謝し生きたとしても、決して誰も咎めたりはせん」

もし昨日の一件が無くば、メガトロンはスタースクリームが訊ねてくるまでずっとあの記憶をロックしたままにしていただろう。

スカイワープに語った事は事実だが、一部に過ぎない。

それ程スタースクリームが経験した出来事は惨いものだったからだ。

だからこそ、メガトロンは彼に茨に突き刺される様な戦いの道を選ぶよりもただ幸せになって欲しかった。

しかし腕の中の機体は、気丈に首を振ってメガトロンを見上げた。

「・・・俺が、許しません。世界中の皆が許しても、俺は自分を許しません」

あれは第三者から見ても到底耐え切れるものではなかった。

だがスタースクリームにしてみれば、恐怖と同等の罪悪感があるのだろう。

背負わずとも良いと告げられた所で、自分が納得出来る筈もない。事実、それで死んだものが大勢いるのだ。

機体に引いた赤色さながらの決意を、スタースクリームははっきりと告げた。

暫くそのアイカメラを注視していたメガトロンであったが、やがて深く嘆息すると彼は腕を離した。

一歩たりとて退かぬ教え子の態度に、折れたのだ。

 

「お前が選んだならば―――――儂はもう口出しするまい」

 

どうせ何を言っても、聞き入れないだろう。

そう悟ったらしいメガトロンに、スタースクリームは漸くいつもの笑みを浮かべる事が出来た。

「有難うございます」

「・・・頑固者めが」

やけに晴れ晴れとした笑みだった為か、メガトロンは小さく呻いた。

勿論スタースクリームにも聞こえていた筈だが、白い機体はとある恩師に似ました、などと惚けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――その、すべての遣り取りを聞いていた者たちがいた事を、室内の二人は知らない。

入口の扉は閉ざされていたが、完全に閉じてはいなかった。

ほんの僅かな隙間から室内を窺う影は、二つ。ショックウェーブとスカイワープだった。

中の会話はショックウェーブにとって安心すべき結果に収まった様だが、スカイワープの心情はスタースクリームの言葉に波立っていた。

 

『俺だけ安穏を手に入れるなんて、絶対許されないんです』

『世界中の皆が許しても、俺は自分を許しません』

 

昨晩スタースクリームは、スカイワープに『今動かないと前へ進めない』と言った。

己の目にしたもの、耳にしたもの、体験した事を経て尚前へ動こうとしていた。

だからスカイワープは、彼に手を貸した。

しかしスタースクリームが抱えていたものは、オートボットへの恐怖だけではなかった。

恐怖以上の、深い深い自責の念があったのだ。

「―――彼は、ああして自分を責め続け、這いずりながら前へ進むのか」

無表情を装うスカイワープをどう思ったのか、不意にショックウェーブが呟いた。

「メガトロン様が彼を殊更大事に扱った理由がよく判る。あの性格ではいずれ潰れてしまうだろうに」

「・・・」

「だから、お前が傍にいると良いのだがな」

「何故そうなる」

スタースクリームの抱える恐怖と自責の念は、確かに彼を押し潰す要因になり得る。

ディセプティコンに籍を置いたとしても、それらが齎す苦痛は消えたりしないだろう。

しかし其処で何故、ショックウェーブは急にスカイワープの名を出したのか。

冷たく睨んでくる黒い機体に、ショックウェープはぴこりと聴覚センサーを動かした。

「精神科医として真面目な見解を述べたまでだ、スカイワープ」

「・・・・」

「彼はお前に心を許している様だし、私から見ればお前も―――彼の事は気に入っている様に見えたが?」

通常、モノアイの機体は文字通りフェイスパーツを持たない為表情が無い。

強いて言えば点滅させる事や他のパーツを動かす事で感情を伝える事ぐらいだが、それでもこの男には充分過ぎる、とスカイワープは感じていた。

そして厄介な事に、ショックウェーブは己の特性を非常に上手く使うのだ。

例えばこうして、それこそ“表情の無いモノアイ”を装う事で己の感情を相手に伝えず、こちらの感情を楽しもうとしている時等に。

「・・・」

居心地の悪さに、スカイワープは寄り掛かっていた扉から背を離した。

そのまま場を去ろうとする背中に、古馴染の声が尚掛けられる。

「スカイワープ」

「・・・」

返事は、無かった。

昨日の廊下で交わしたやり取りと同じ様な光景に、ショックウェーブは静かに嘆息した。

 

 

 

 

 

 

本当は居心地の悪さも、波立った感情も判っていた。

彼を観察し続けていたつもりが、理解し切れていなかった自分への羞恥。

抱えていたものに気付く事も出来ず、話してもらう事すら出来なかった。

信頼されていなかった、というわけではない。それを疑うのはスタースクリームにとって失礼だろう。

ただ彼は、話す相手にメガトロンを選んだ。旧知の師で、己を救った恩人であるメガトロンを。

間違っていない人選だと、判っている。

「・・・」

判っているが――――――――――悔しいのだ。

スタースクリームがスカイワープに向ける信頼と、メガトロンに向ける信頼は質が大きく異なる。

自分がスタースクリームに寄せている好意など、あの二人の前ではちっぽけなものに過ぎない。

いや、好意などと曖昧に濁す事はもう出来ない。

悔しいと感じた、その原因をスカイワープはいい加減受け入れねばならなかった。

 

 

 

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2011.12.19