傷を隠した笑顔に、もどかしさを覚えた。

無理を通してでも前へ進もうとする背中に、守ってやりたいと――――愛おしさを感じた。

だがその感情と向き合う前に、スカイワープは知っていたのだ。

あの淡い青のアイセンサーが見つめ、笑むのは自分ではなくメガトロンなのだと。

 

 

 

9.

 

 

 

 

厄介なのは、彼らがまだお互いの感情に気付いていない事だろう。

その点に於いては、スカイワープの方が聡かったと言える。

自分の感情は既に開花寸前の蕾の様に膨らんでいるのに、その前を阻むものはまだ芽吹いてもいない種だということ。

種は、スタースクリームの希望になり得るかもしれないこと。

だから本当は――――自分の中に生まれたこの感情は、彼らの為にも摘み取ってしまうのが一番良かったのだ。

それが出来ずにいる自分に、スカイワープは戸惑っていた。

 

 

「スカイワープ?」

 

覗き込んできた白の機体に、スカイワープの意識が現実に引き戻される。

同時に、あまりにも近くに相手の顔があった為に珍しく動揺を表に出してしまった。

「、」

「終わったぞ?」

「・・・ああ」

今二人がいるのは基地内の一角、トレーニングルームだ。

晴れてディセプティコンの一員になったスタースクリームは、先ず戦闘の為の訓練を受ける必要があった。

彼に乞われトレーニング相手を務める旨を了承したのは先刻。そして今は、先ず自分の持つ戦闘経験データをスタースクリームにダウンロードしていた所だった。

同期に使ったコードを掌部から外し受け渡せば、スタースクリームは慣れた様子でそれを収納していく。

緩く排気し首を振るスカイワープに、スタースクリームは小首を傾げたままだ。

「機体不良か?だったら今日は無理しなくても」

「いや・・・問題ない。データは読み込めたな?」

率先して武器を構えれば、スタースクリームもまた同じ構えを取る事で返事とした。

 

「―――俺のデータをダウンロードした所で、実際その通りに体が動く訳じゃない。“軸は自分で作れ」

一気に距離を詰め打ち掛かれば、データを応用したスタースクリームはすかさずブレードで防ぐ。

「ッ!!」

ぎぃん、と衝撃にブレードが震え、その伝達にスタースクリームが唇を噛む。

瞬間、スカイワープが己のブレードを返し下段から斬り上げた。

鈍い音が響き、スタースクリームの手から得物が弾き飛ばされる。

勢いに後方へ倒れた白い機体の目前に、スカイワープは黙って得物を突きつけた。

ブレードを構えてから、およそ一分と経っていないやり取りだった。

 

見上げるスタースクリームのアイカメラは呆然としていたが―――――やがて、深々と嘆息した。

「流石、って言えばいいのか畜生、って言えばいいのか・・・」

「判断は悪くなかった」

差し出された手を取りスタースクリームが起き上がれば、スカイワープは常の無表情にほんの少しだけ笑みを滲ませていた。

戦闘記録をダウンロードするだけで戦えるなら、誰だって苦労しない。

結局情報は情報でしかないのだ。しかしスカイワープにしてみれば、スタースクリームの判断力と反応は素直に褒められるものだった。

自分達飛行型が一番価値を発揮するのは、空からの奇襲と援護射撃であり、元々接近戦は機体の特性上、向いていない。

それに地上型の様に強力な火器を幾つも搭載するには、負担が大き過ぎる上に速度が保てない。

スタースクリームの長所は、飛行型としてずば抜けている事だ。

シティへ向かった時の彼の速度は恐らく自分を遥かに凌いでいたし、その航空技術を生かすならばやはり遠距離型の方が良い。

最初に指導を引き受けた時そう説明してはみたものの、スタースクリームは接近戦に拘った。

勿論オートボットという凶悪な集団と戦っている以上、いつ何が起こるか判らない。

弱点になり得るものは、極力少ない方が良い。

今一度武器を構える“新米の気概を買い、スカイワープは再び指導に当たった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――今日はここまでだな」

哨戒当番の時間を知らせるアラームが鳴った頃、漸くスカイワープはブレードから手を離した。

床に座したその傍には、四肢を投げ出して排気するスタースクリームがいる。

真っ白い装甲を埃で汚した彼は、指導者の顔を恨めしげに見上げていた。

 

ダウンロードした“疑似経験を、動きとして己の機体信号に繋げる事がどれだけ難しいか、スタースクリームはよく理解しただろう。

それに急な改造を施したお陰で、スタースクリームは未だ自分の機体に慣れていない。

よって終盤になり向こうが動作不良を起こした事も、スカイワープには予測していた事態だった。

上腕部の動力が急に落ち、それに気を取られたスタースクリームには大きな隙が出来た。

意識が逸れた脚部に足を掛け、転倒させた所で武器を奪う。

そうして、本日のレッスンは終了した。

 

「足払いなんてずるいだろ」

小さな呟きに、スカイワープのアイカメラが鋭い光を放つ。

スタースクリームにしてみれば、思った事を言ったまでだろう。

だがそれは、これからあの残虐なオートボット共と戦うべく訓練を始めた者が言う台詞では無い。

「『ずるい』は、実戦には通用しない」

ごく端的な、それでも言わんとする事は充分に伝わる返事だった。

スカイワープの冷静な言葉に、白い機体は物言いたげな視線を送っていたがやがて嘆息すると、己を納得させた様だった。

「そうだな・・・」

己が身で知っている、連中の手口。

スタースクリームのブレインの中で何が再生されているか、スカイワープは聞こうとしなかった。

見当はついているし、それを態々確認の為聞くつもりなど無かった。

ただ、淡い青のアイセンサーが微かに揺れている様子を注視していた。

自分が知っている彼の感情データに照合すると――――泣きそうな顔に見えたのだ。

 

そうして気付けば、スカイワープはスタースクリームの頬に触れていた。

 

ほんの僅かな間ではあったが、指はゆるゆると頬、目元をなぞり離れた。

その間ずっと、スタースクリームのアイカメラはこちらを捉えたままだった。

「・・・スカイワープ?」

同型の意味不明な行動に、触れられた方は不思議そうにこちらを見上げている。

その視線に、スカイワープは顔を背けた。

「何かついてたか?」

「・・・・いや」

 

尤もらしい理由があればよかったのだろうか。

それとも率直に泣きそうだったからなどと言えば、笑ってくれただろうか。

――――――――――メガトロンなら、そうやって彼の笑顔を引き出せただろうか。

彼の前では素直に泣き、笑うスタースクリームがいる事をスカイワープは知っていた。

なれるものなら、メガトロンになりたいとすら思う。

そうすれば、スタースクリームはスカイワープを心底頼り、全ての感情を曝け出してくれただろう。

無理な願いだと判っていても、そう願ってしまう程感情が膨らんでいる事を、スカイワープは自覚した。

 

「・・・そろそろ起きろ。俺は哨戒に行く」

宙に浮いたままの手を顎で示せば、意を得たとスタースクリームが手を握り起き上がった。

ありがとな、と笑う顔を、スカイワープは静かにメモリーに保存した。

 

 

 

    * *

 

 

 

しかしその夜、スカイワープは昨夜と同じ場所に向かう羽目になった。

最後の哨戒ルートを歩いていた時、スタースクリームに宛がわれた部屋の照明がついたままだった事に不審感を抱いた。

この時間に起きて、何の作業をしているのか。

様子を見に寄って、部屋の主がいない事を知った。

床に散らばった資料、それはスタースクリームの性格からすれば到底意図を持って配置したものではないと判る。

では何故部屋が荒れ、彼がいないのか。

ブレインサーキットが弾き出した推測は二つ。一つは最悪だが、もう一つはそれよりマシな状況。

「・・・」

少しでも明るい方の推測を選ぶと、スカイワープはメガトロンの研究ラボへと向かった。

 

 

 

案の定ラボは光が灯り、作業机に赤い火花が散っているのが見えた。

昨夜と同じ様に扉をノックする事でこちらに注意を向けさせれば、ひどい顔のスタースクリームがそこにいた。

「スカイ、ワープ」

「何をしている」

機体の改造は昨日行ったばかりだ。

まだ自分の体をコントロールする事すら完璧に出来てはいないというのに、スタースクリームは更に改造を施そうとしている。

スカイワープにしてみれば、全く以て許容し難い選択だ。

傍に寄って来た黒い機体に対し、スタースクリームは視線を彷徨わせる。

それはまるで逃げ場所を探す様な表情であり、彼の精神状態が尋常ではない事を表していた。

「スタースクリーム」

咎めれば、白い機体の肩がびくりと跳ねた。

こちらを見上げるアイカメラは、昼間の様な穏やかな光ではない。慌ただしく点滅している。

「スリープの度に、思い出すんだ・・・死んだ仲間の顔も、連中の笑い声も・・・・ッ」

消え入りそうな声で、スタースクリームが呟いた。

「起きちまった事だって判ってる・・・どうしようもなかった、そう言われるのも・・・だけど、だけど」

昨晩よりも酷い状態だと、スカイワープは悟った。

あの時はまだ冷静さが残っていたが、今のスタースクリームは蘇った記憶に惑乱している。

「っメガトロン様の役に、立たなきゃ・・・でないと、俺の中で終わらないんだ・・・・・・だから、新しい技術を、生もうとして、」

己の肩を抱き、スタースクリームが縮こまった。

がたがたと震える様子は決して、寒さを感じてのものではない。

その背を、スカイワープはじっと見ていた。

 

 

スタースクリームの抱えた恐怖と罪の意識は、彼の許容量を大幅に超えている。

それでも彼は、メガトロンの役に立とうと依存する事で、どうにか自分を保っているのだろう。

―――――――――――これ以上、彼の負担を増やしてはいけない。スカイワープはそう悟った。

きっとスタースクリームは、最早メガトロンの前でしか泣けないのだ。

スカイワープがどれだけその関係を望んでも、今の彼には到底無理な話だった。

想いを伝えたところで、それを受け取る余裕すら無いだろう。

伝えたらきっと彼は、壊れてしまう。

ならば、自分の選ぶ道は一つだ。

 

 

 

きつい眼光を出来る限り抑え、スカイワープはまた昨夜と同じ場所に腰を降ろした。

叱られると思っているのだろう、スタースクリームは頼りない表情でこちらを見ている。

「スカイ、」

「お前がそうせずにいられないなら、そうすれば良い。俺は口出ししない」

スタースクリームのアイセンサーが、大きく見開かれる。

今にも冷却液が零れ落ちそうではあるが、恐らくそうはならないだろう。

スタースクリームの無謀を諭すのは、メガトロンだ。

泣かせてやれるのも、その涙を拭い笑顔に変えてやれるのも彼だけだ。

ならば自分の役割とは、スタースクリームの意に沿ってやる事だ。

泣かせてやれないなら、泣かない様に、彼が歩む事をやめない様に、背を押してやる方が良い。

それが自分の本心でなくとも、彼にとって必要な事ならば。

 

 

「俺はメガトロンではなく、お前の意志を最優先させてやる」

 

 

スタースクリームが壊れずに済むならば、その為に己の中に生まれた感情を犠牲にしても構わない。

それが自分の立ち位置なのだと、スカイワープは思った。

 

 

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2012.01.09