トロリスタ・閑話休題
ここ最近、宇宙嵐の影響で星全体の気温が下がっていた。
常に快適に暮らせる様にと調整された中央都市ならともかく、最下層地域に暮らす者にとっては、少しばかり厄介だった。
商店は皆防寒装備を店頭に掲げ、常に熱気に包まれている闘技場の売店さえ、ホットエネルゴンを置く様になった。
鍛練場は常に寒風が吹き荒び、選手たちに当てられた部屋さえ隙間風がぴゅうぴゅうと音を鳴らして侵入してくる。
あまりの寒さに耐え兼ね機体を耐寒仕様にアップグレードする者も出てきたが、古ぼけた星間放送の話ではあと一月もすればこの寒波は消えるそうだ。
故に、トランスフォーマーたちは有機生命体の様に己の身を一枚覆う、そんな出で立ちで寒さを凌いでいるのであった。
だがそんな着膨れした連中の中で、メガトロナスは全く以ていつも通りだった。
彼の装甲は灼熱にも極寒にも耐えられる特殊なものであり、その強度を生かして戦ってきた。
皆が寒いと騒ぐ中、取り立てて不便さは感じなかったのである。
―――彼自身の話に限れば、だ。
小さなお供がついたのはつい先日の事だが、寒波がやってきたのはその後だ。
メガトロナスには問題の無い気温でも、幼年体のちびには過ごし辛いものだったのだろう。
隅で寝ていたちびは、いつの間にかメガトロナスの腕の中に潜り込んでいた。
驚き引き離そうとするが、ちびが震えている事に気付き手が止まった。
手で握り潰せそうな程細い体が、震えている。それはメガトロナスに聊かの動揺を齎した。
以来目を向ける様になり、どうやら今の気温がちびには適していないのだという事を知った。
普段は闘技場の熱気がちょうど良かったのだろうが、この寒さは耐え難いのだろう。いつも通り雑事をこなしながらも、ちびは時折体を丸めて身を震わせていた。
夜ぐらい、温もりを求めても仕方のない事だろう。
か細い体を潰さぬ様注意しながら、メガトロナスは己の使っていた上掛けをちびに被せてやった。
そして明くる日、メガトロナスは本日の試合スケジュールを確認し口をへの字に曲げた。
対戦相手が、病欠したのだ。
この闘技場に於いて、棄権は殆ど起こり得ない。収入に直結するからだ。
試合に出て勝てば勝つ程ファイトマネーは吊り上がる。故に選手は皆、何が何でも試合に出る事を望む。
メガトロナスが驚いたのは、そんな単純明快な思考と屈強なボディを持つ剣闘士が、機体を制御出来ずに病欠したという事実だ。
成体でさえ異常が出る程の、寒さ。
ふと部屋に残して来たちびの顔が、ブレインを過ぎる。
「・・・・」
電光掲示板を暫し見詰めた末に、メガトロナスは踵を返した。
だが彼が向かうのは部屋でも鍛練場でもない、別の場所だった。
* * *
戻ってきたメガトロナスを、件のちびは少し驚いた顔で出迎えた。
こんなに早く戻った事は初めてだからだろう。試合が無くなった事を伝えれば、ちびは納得した様に頷く。
ぱたぱたと片付けに走り回るちびを眺めながら、メガトロナスは暫し逡巡した後―――――ちびを呼び止めた。
きちんと姿勢を正してメガトロナスの前に来たちびは、今朝程ではないがやはり少し寒そうである。
そのちびに、メガトロナスは背に隠していたものを突き出した。
それは普段のメガトロナスの、特に試合内容を知っている者からすれば全く似つかわしくない包みだった。
明るいピンクと白のストライプに、とどめは何の嫌がらせか赤い四足ドローンのプリントされたシール。
ちびが不思議そうにメガトロナスと包みを交互に見上げる、その視線が少しばかり痛い。
半ば押し付ける様に強引に持たせると、メガトロナスはちびを差し置いて寝台へ腰を降ろした。
「貴様に施しだ」
開けてみろ、と顎で示せば幼年体らしい小さな細い手が、怖々といった様子で包みを開いている。
その間メガトロナスは寝台の下から酒を取り出し呷っていたが、内心は味など判らなかった。
試合中止を受けてメガトロナスが向かったのは、闘技場近くにある小さな雑貨店だった。
首都の様な洒落た店ではなく、生活臭がする小汚い店。
無遠慮な視線の中で目的のものを見つけるには苦労したし、それを手にレジへ向かった事にも非常な心労を要した。
笑われるのも無理はないのだと、自分でもミスマッチさは理解しているつもりだった。
―――容赦ない試合ぶりで知られる剣闘士が、幼年体用の防寒具を買いに来たのだから。
肩を震わせ笑いを堪える店主をぶちのめしたいと思いつつも、メガトロナスは会計を済ませた。
頼んでもいないラッピングは店主のサービスとの事だが、今思えば完全な悪ふざけだろう。
そんな思いをしつつ買ってきた品を、このちびはどう思うのだろう。
初めて闘技場のリングに立った時でさえ感じなかった妙な焦燥感が、ちりちりとスパークを焦がす。
正体の判らないその感情を誤魔化す為、メガトロナスは豪快に杯を干した。
ちびはもたもたと包みを開く事に苦労していた様だったが、やがて中から出てきた小さな防寒具を前に固まっていた。
「―――」
「ッ・・・」
その大きなアイセンサーが潤み出した事はメガトロナスにとって、予想外だった。
そして細い腕が、メガトロナスの足にしがみついたのも予想外だった。
「あり、がと」
感極まっての涙だったらしい。
満面の笑みを浮かべるちびに、メガトロナスはあの奇妙な焦燥感がいつの間にか消えている事に気付いた。
代わりに浮かんだのは、スパークを包み込む様な安堵感。
―――メガトロナスが、見返りを求める事無く自主的に他者に何かをしたのはこれが初めての事だった。
どうにもこの幼年体の存在は、メガトロナスの思考を今までとは違う方向に持って行かせる。
「・・・明日も早い。さっさと寝ろ」
「はいっ」
細い腕にぎゅうと抱きしめられた防寒具に、メガトロナスは満足そうに息を吐いた。
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おまけ
夜更けに、メガトロナスはふと目を覚ました。
どうやら例のちびがまた腕の中に潜り込んで来た様だ。
防寒具を態々買い与えてやったのだから、また寝台の隅に戻るかと思ったのだがどうやらそういう訳ではないらしい。
折れそうなほど細いちびの腕に抱えられたのは、買ってやったばかりの防寒具。
それを抱きしめた状態で、ちびが入り込んで来たのだ。
「・・・・」
つまみ出す事は容易い。
が。
「・・・ふん」
面倒なので、メガトロナスは好きにさせておいた。
それにちびが添った時の、幼年体特有の温もりは、メガトロナスにも心地良いものだった。
夜明けはまだ、遠い。
今はこのちびを抱いて、まどろみの中にいたかった。
終。